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COLUMN

2021.03.24

「やってみる」ことから拓ける、新しい道

  • テキスト:加藤育子(SPINNER編集部)
  • 展示写真:顧剣亨

2020年11月から12月にかけて、スパイラルの親会社・ワコールが運営するワコールスタディホール京都(以下、スタディホール)にて京都芸術大学美術工芸学科の学生による選抜展「クロスフロンティア選抜展 vol.1 『Foundation』」(以下、クロスフロンティア展)が開催されました。本展の監修を務めたミヤケマイ教授や出展した学生へのインタビューを通じ、展覧会の意義と若い才能に必要な支援について考えます。

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「京都芸術大学美術工芸学科ではアーティストとして必要な知識や技術の教育、成果を出すためのトレーニングを行っています。比較的学生任せの美術大学も多い中で、面倒見が良いというか、アートワールドを生き抜くための力をしっかり身につけさせていこうという風土があります。とはいえ学生たちは、今はまだ目標がぼんやりしているけれど関心があること、何に役立つかわからなくても取り組んでいることもあります。定まっていない領域を持ちながら、とにかく新しいことにチャレンジしてみる。そういう側面も美術大学の学生にとって重要だと思い、今回のプログラムを考えました。」

本展の監修を務めたミヤケマイ氏はそう語ります。京都芸術大学といえば、ヤノベケンジ氏や名和晃平氏など最前線で活躍しているアーティストが、作品制作とプロジェクトマネジメントを徹底的に現場で教える「ウルトラファクトリー」や、椿昇氏の手による地産地消型アート市場開拓を目指す「ARTISTS’ FAIR KYOTO」など、アーティストが生きていくためのインフラを整え、実戦経験を学生のうちから積ませることで、社会でサバイブできる才能を育てるプログラムで知られています。キュレーターである私にとって、展覧会やアートマーケットですぐに活躍できる作家を育ててくれる「産地直送型」の美術大学は頼もしい存在である一方、アーティスト像には仮説があっても模範はなく、また全員が卒業後すぐにアーティストになれない(ならない)現状もあります。私は例年各美術大学の卒業制作展をできる限り視察していますが、このまま他の展覧会に出品できそうだな、製品化できそうだなと思うものもあれば、修了課題として提出するのが精一杯だったのかな、この先は作品制作を続けないのかな、と感じるものもあります。しかし、これは美術だけに限った話ではなく、どんなジャンルであれ、大学など教育機関からシームレスに進路がつながる人がいれば、卒業後は別の道を選ぶ人も、回り道をする人もいます。早熟な人がいれば、ゆっくり成長する人もいます。生き方に正解はなく、自分の望む先を選ぶことができる土壌を育むことが教育の意義なのだと思います。

今回、クロスフロンティア展でミヤケ氏は次のことを学生にオーダーしたと言います。
①今の社会の中にいるということを意識する。
②今までやってこなかったことをやってみる。 
このふたつは、現代を生きるアーティストにとって欠かすことのできない視点です。
スパイラルでも、展覧会を企画する時には「今、この会場で、この作家」だからこそできることを重視しています。いつでもどこでもできる、つまり必然性のない展示は行わないということです。それがコンテンポラリーアート=同時代芸術の魅力であり、生きている作家と一緒に活動する醍醐味だと考えているからです。

では、このオーダーを受けて、実際にどのような作品が展示されたのでしょうか?
学生ご本人のインタビューを交えながら、3作品をご紹介したいと思います。

江藤菜津美(染織テキスタイルコース)

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《Garbage jewelry -ゴミの宝石-》シリーズ

染織テキスタイルコースに在籍する江藤さんは、コロナ禍で在宅時間が長くなり、日々増殖するゴミの存在に着目。「『商品はいつからゴミになるのか』ということに興味を持ちました。買った時はキラキラしていたり、価値のあるものだったのに、いつの間にかゴミになってしまう。いつからゴミだと思うかアンケートを取ってみたら、箱から出した瞬間、汚れや傷がついた時、使った後など、人それぞれだった」のだそう。そこで、スパム缶やルーがはみ出すレトルトカレーなど自分の周りにあるゴミをモチーフに、ほぼ実寸大で布と刺繍を用いて作品を制作。「タイトルは《Garbage jewelry -ゴミの宝石-》にしました。誰かにとってはゴミだけど、誰かにとっては宝石=価値があるものなんだと気付いたんです」。作品はスタディホールのエントランスを入って右手、普段はショップとして使われているエリアに展示され、隣り合う台ではプロダクトも販売。これは日用品、工芸、作品といったジャンルによって見方を固定してしまう、私たちの意識を揺さぶりたいというミヤケ氏の意図によるもの。会場のスタディホールを運営するワコールにとって布と糸は主力製品を作り出す経営資源で、欠くことのできない存在です。素材は同じでも、ゴミになったり価値が生まれたり、商品になったりアートワークになったり。身近なモチーフを通じて、価値や捉え方は普遍的なものではないのだということを浮かび上がらせています。

鈴木日奈恵(基礎美術コース)

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《秘密》

居酒屋や銭湯などで見覚えのある、鍵付き(松竹錠)の古いロッカーをインスタレーションに変容させたのは、鈴木さんの作品《秘密》。香道における組香(数種のお香を聞いて当てる遊び)の源氏香図(香りの組み合わせを表す図形に源氏物語の巻名を当てたもの)が松竹錠に似ていることに着想を得て制作したそうです。源氏物語の各帖名が記された漆塗りの鍵を開けると、扉の中には下着や指輪など女性をイメージさせるアイテムが置かれています。「スタディホールの持つ『女性』『下着』などの文脈から比較的わかりやすいものを実験的に入れてみました。ただ、展示してみて、『女性らしい』と(一方的に)設定することのジェンダーバイアスに気づき、何か違うなと思いました。そこで、その後の卒業制作展では、源氏物語第51帖『浮舟』をモチーフに、水を張った陶の器に葉を浮かべて光やお香で演出したり、第22帖『玉鬘』に出てくる鏡の歌を記した和鏡を飾ることにしました。直接的なアイテムよりも、五感に訴える方が、見る人の想像力を掻き立て、心に残ると思ったからです」。基礎美術コースで学んだ日本文化に対する知識と伝統的な技法を発展させることで、扉を開く音、鍵を挿す感触なども含めた五感で源氏物語の持つ世界に鑑賞者をいざないつつ、現代のジェンダー問題にも意識を向けさせる作品に昇華しています。本作の完成度の高さからは信じられませんが、これまで作品制作よりキュレーションなどに興味があり、今回はじめてこの規模の制作に取り組んだとのこと。さらにそれを卒展で発展させるという追求心も持ち合わせています。卒業後は企業に就職されるそうですが、是非今後も何かしらの形で制作や表現に携わって欲しいと思います。

関仲元 ZHONGYUAN GUAN(写真・映像コース)

《門鏡シリーズ8》、《門鏡シリーズ6》

顔がぼんやりとして、よく見えない人物が写っているモノクロの写真。これは中国・河南省出身の留学生・関仲元さんの作品《門鏡シリーズ》です。「元々『見えないもの』に興味があり、時間やストレス、隔たりなどをテーマにした表現に取り組んでいます。留学してきた当初は、言葉をうまく話せず孤独を感じた時期がありました。今は慣れて友達もいますが、コロナ禍でまた一人の時間を過ごすことが増え、この作品を作りました」。本作は、ドアスコープ(=門鏡)のように内側が鏡面になっている筒をフィルターにして、真っ暗にした友人宅にて長時間・多重露光で撮影。同じ空間にいて然程距離は離れていないにも関わらず、顔が見えないことで、本音が見えないような不安感、近くても心が離れているような孤独感が漂っています。扉の小さな穴から覗き込むドアスコープのごとく、関心は一方通行で、もう一歩近寄りたいのに「扉一枚」の隔たりが果てしない距離のように感じられるのです。知っているつもりだけど、本当はよく理解していないんじゃないか、近くにいたいのに拒絶されてしまうんじゃないか。友人や恋人、家族、先輩後輩、先生、同僚。人とのコミュニケーションは、心と体の距離を意識した途端に、こわばってしまいます。今回スタディホールでは、会議やレクチャーに使用する部屋のガラス壁に作品が展示されました。ガラスの向こうにいる、あの人は笑顔なのか、怒っているのか、私に興味を持ってくれるのか?そんな気持ちを呼び起こします。 関さんは「どちらかと言えば、自分は『写真家』ではないと思っています。カメラが、私にとっての鉛筆。絵よりも、伝えたいことが客観的に表現できるからカメラを用いているに過ぎない」と言います。これからもカメラを通じて心のありようを陰影豊かに写し取り、アーティストとして活動を続けることが期待されます。

ここでは紹介しきれませんが、他にもインスタレーションや絵画、写真など多彩な作品がスタディホールに展示されました。普段とは違う場所で、違う先生の指導を受け、違う学生と一緒に参加する。本展は、タイトル「クロスフロンティア」が表す通り、領域と素材・技法・やり慣れたスタイルの枠を超え、それぞれにとっての開拓の一手となったことでしょう。新型コロナウイルスという、目に見えない病原菌が世界を一変させる事態を招いた2020年。活動や交流に制限がある中、「今だからこそ、新たなことに挑戦する」試みは出展した学生にとって、そしてそれを見に来た人々にとっても希望となったと思います。若い才能に重要なことは、表現の素地となる「原体験」を重ねることです。SNSや映像などを通じて情報が行き交う昨今は、現物を見たり嗅いだりしたことがなくても、知っているかのように「何か」をモチーフやテーマとして選ぶことができてしまいます。しかし実際に作って展示してみると、どこかで聞きかじった情報のパッチワークのような作品には、メッセージを伝える強度が足りないのです。表現の「芯」は、自分が暮らし、体験し、考え始めるところから生まれます。展覧会が実現して初めて気づいたことがたくさんあったに違いありません。経験は、次の表現を育てます。コロナ禍によって、「とにかくやってみる」ことのハードルは上がってしまいましたが、だからこそ挑戦する価値と重要性を感じて欲しいと思います。 出展した学生さん達はこの先、就職や進学、制作などそれぞれの進路を歩みます。最短距離がベストルートとは限りません。やってみる、そこからしか道は始まらないのです。

左上:長田綾美《String figure (URL)》、右上:山神美琴《AIRSEXUAL #1》《AIRSEXUAL #2》《AIRSEXUAL #3》《AIRSEXUAL #4》、左下:御村紗也《link》《leave》《dim》《blink》《tremble》《section》、右下:戸田樹《ここに来るまでに多くのことを見逃してはないだろうか》

<クロスフロンティア選抜展 vol.1 「Foundation」概要>
会期:2020年11月6日(金)~12月18日(金)
主催:京都芸術大学
協力:ワコールスタディホール京都
展覧会監修:ミヤケマイ
展示参加者:関仲元(ZHONGYUAN GUAN) 藤本純輝 長田綾美 御村紗也 戸田樹 山神美琴 鈴木日奈惠 江藤菜津美 伊藤史江奈 石田野乃花

PROFILE

  • スパイラル ギャラリー担当チーフ・キュレーター
    加藤育子

    東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了後、スパイラル/株式会社ワコールアートセンター入社。
    ギャラリー担当ならびに同チーフを経て、2008年より現職。現代美術を中心とする展覧会の企画制作業務をベースに、館内の新規プログラム開発なども担当。担当した主な展覧会に「小金沢健人展『煙のゆくえ』」(2016年)、「Rhizomatiks 10」(2017年)、Ascending Art Annualシリーズ「すがたかたちー『らしさ』とわたしの想像力」(2017年)、「まつり、まつる」(2018年)、「うたう命、うねる心」(2019年)など。

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