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DIALOGUE

2021.02.19

SPINNER × 向田邦子没後40年特別イベント「いま、風が吹いている」特別対談 第1回 ミヤケマイ×前田エマ

  • 対談:ミヤケマイ(美術家)・ 前田エマ
  • 編集:SPINNER編集部
  • 撮影:長田果純

旺盛な好奇心で風のように軽やかに生きた、向田邦子。台湾の飛行機事故での突然の死から40年となる2021年1月、スパイラルで特別イベント「いま、風が吹いている」を開催。本展にあわせ、SPINNERの編集長・前田エマをホストに、現代を軽やかに生き抜く女性クリエイターたちと、仕事、暮らし、ファッション、旅など、向田邦子が関心を寄せた様々な事象について展覧会の会場で語り合いました。当日の対談をレポートします。

前田:向田さんの今でも色褪せない魅力というと、ものの選び方もそうです。既にお話に出たお洋服だけでなく、器も。向田さんの愛用品は、昔のものでも、そうでないものでも、全部が私たちの目には新鮮に映るような気がします。そういう体験が向田さんの「もの選び」の根底にあるなと思います。私が日本の昔からあるものに興味を持ったのは、京都に遊びに行って借景を見た大学生の時です。教科書では知っていましたが、実際に見た時、日本の建物と景色のつくり方ってこんなにすごいんだってびっくりして。そこから雪舟に興味が出て、ひとりで雪舟をめぐる夜行バスの旅をしたり。日本に古くからあるものが新しいものとして自分の中に入ってきて、とっても嬉しかったのを覚えています。

ミヤケ:私は日本美術がかっこいいとか、新しいと思ったことは無いです。小さい頃に外地に住んでいたということもあって、親が日本人なのに日本のことも知らない子に育ったら困ると思っていたようで、家の中では極端な日本教育を受けていたんですね。お箸の上げ下ろしにもうるさかったし、着物も自分で着られるようになりなさいとか、そういうのをやらされて。日本に帰ってきたら誰もしてない!嘘つき!と思ったのですが(笑)。そういう教育を受けていても、外国にいるとやはり自分は周りと違うわけですよね。感じ方も考え方も。「それは何だろう」と考えた時に、「日本人だから」というのが一番簡単な答えで。「日本人って何なのだろう。私って何なのだろう」っていうことを小さい頃から理解しなければいけなかったんです。西洋文化は、すごく堅牢だし、あきらめの悪い文化なのでエネルギーもすごい。素晴らしい部分もあるのですが、少なくとも自分には日本文化の方が合っているし、自分にとっては当たり前のものという感じです。
実はあんまり自分から旅行をしたいと思ったことがなくて。友達に誘われたら喜んで行くし、お仕事ではよく行くのですが。お仕事の時はその場所にできるだけ長く滞在して制作しています。大分県立美術館の仕事で大分に行った時は、竹田という素敵な小さな城下町にあるお菓子屋さんに逗留して、1年かけて作品をつくりました。フィールドワークというか、そこの場所でしか成立しない、そこで意味のあるものをつくりたいタイプなので、行くと長居することになります。海外とか地方に行くと、違いはわかるんですが、常に自分が選ぶものは結局自分の中にあるものなので、あまり観光も興味がないタイプです。旅行先でも、朝起きて本を読んで、散歩をして、マーケットで買い出しをして、ご飯をつくるっていう、いつもの生活をして、現地にいつものものに近いもの見つけるのがうまいんです。それと同じで、西洋美術を見ようと、中国美術を見ようと、何を見ようと私は日本文化のフィルターを通して選んでいて、世界を見ても常に日本を見ている。日本を映す鏡でしかないんです。肌でわかったり、腑に落ちる感覚まで染み込んでいるものは日本美術しかないので、素直にそこを見ている感じがあります。

前田:それは目から鱗です。私は旅は帰るためにするものだと思っていて。自分が身を置くべき場所を確認するために旅をするという感覚があります。私もミヤケさんほどではないですが、旅先には長く滞在して何もしないのが好きです。
去年からの自粛期間中、今までよりも真面目に家で料理するようになりました。私は本当に料理に興味がなくてダメなんですよ、向上心がないから。調理師免許を持っているのですが、「名ばかり免許」みたいな感じで(笑)。
向田さんやミヤケさんみたいに、普段からちゃんと生活の中に料理があるという人たちの話を聞きたいのですが、今回展示を見て、ご自分の料理生活との共通点はありましたか?

ミヤケ:ご自分でお店をやられるくらいなので、たぶん向田さんも食べるのが好きなんだと思います。レストランだと自分の好きな味付けや量で食べられないじゃないですか。イタリアンに行けばイタリアンだし。でも自分の家では「お好み食堂」みたいに自分が食べたいものを国籍混ぜて食べられるし、量も味付けも自由にできて、かつ安いとなると自分でやるほうがいいなと。向田さんもそうじゃないかと思うんですけど、家で仕事をしていると気分転換はお料理をつくるぐらいしかないので、仕事が捗らない時とか、逃避なのか丁寧に凝った物をつくり始めたりします。お料理に向かう気持ちがすごく強くなるというか。料理って実は文章をつくったり、作品をつくったりするのに似ているんですよね。素材があって、それをどう生かして、どういう流れで出すか、どの温度で出すか、どのお皿に盛るかとか、インスタレーションに近い作業なのかなと。その上、血となり、肉となるし、実用を兼ねた趣味という感じですね。
向田さんも仕事は早いけれど、たぶんざっくりしているタイプですよね。そういう人はお料理に向いているんですよ。お料理って、リズム感やひらめきで手際よくやらないと美味しくできない。お菓子づくりは逆で、きっちり量や温度を測って、丁寧に切るっていう人が向いていて、私はうまくお菓子をつくれたことがないんです。膨らまなかったとか、そういうのがよくあって(笑)。料理は冷蔵庫の中のありものでつくるので、これとこれは意外と代用できるんじゃないかとか、ちょっとケチくさいところがある人の方がお料理は上手な気がします(笑)。

前田:私はその条件に全部当てはまるんですが、全然うまくならなくて(笑)。

ミヤケ:ポテンシャルはあるのではないでしょうか?(笑)。

前田:私は母と暮らしているのですが、いつも「これって何?」と聞かれて……(笑)。小さい頃から親が働いていて、弟のために料理しなければいけない環境だったので、今も3食つくります。私もケチなので冷蔵庫にあるものをどんどん入れて、消費して、とつくるんですが、味付けのセンスと完成形への理想がなくて。料理をする時に、あそこで食べた味を表現してみようかな、と思うことがないんですよね。目の前にある食材をとりあえずボンボンボンと(笑)。

ミヤケ:美味しいものを食べることには執着があるんですか?

前田:美味しいものは好きですけど。好き嫌いもなくて、何でも美味しく食べちゃうんです(笑)。

ミヤケ:博愛主義者なんですね!
ここで食べた美味しいものを食べたい、っていう気持ちがある人は、食べたいものがはっきりしてるんですよ。それを食べたいから頑張って近づけていくし、今日これを食べたいと思ったら、食べたいんじゃ!っていう(笑)。でも誰もつくってくれないし、今コロナ禍で食べに行けないし、自分でつくるしかないという感じでスキルが上がっていく。食べることに対する執着が強すぎるなとも思うのですが、あれが食べたい、無性に食べたいっていう気持ちがあると、寝ても覚めてもいられなくなって、つくり出すんです。エマさんは、調理師免許があって、小さい時からつくっていても、そこまで食べたいという欲求、ゴールがないのかもしれないですね。

前田:そうかもしれないです。でも目の前に出されたものを誰よりも美味しそうに食べるということに自信だけはあります。いろいろな人に「本当に美味しそうに食べるね」って言われるので余計ダメかもしれない……。

ミヤケ:愛されるタイプでいいと思います。私みたいなタチは口に合わないと顔に出たりするので、困ったものです(笑)。

前田:あはは。さて、そろそろまとめに入ります。このSPINNERの対談では、「SPINNER=くるくる回るコマのような回転体」という意味なので、ご自身の「軸」について皆さんに答えていただいています。ミヤケさんの軸は何ですか?

ミヤケ:「自分に嘘をつかない」ということですね。人にもあまり嘘をつけないタイプなのですが、自分にはまず嘘をつかないようにしています。結局自分が辛くなるので。それぐらいですかね。

前田:今日のテーマは最初から最後まで「嘘」でしたね。

ミヤケ:嘘とはまでは言わないまでも、自分で自分のことって意外にわからないですよね。自分の中の本当の自分が思っていることと、今喋っている自分がどれくらい乖離しているか。向田さんはそういうことを冷静に見ることのできる、知的な人というイメージがあります。

前田:私は言葉に出したり、文章にした瞬間に自分の心の中にあることと事実との間に距離ができてしまう気がしていて。嘘を書いたり言ったりしているわけではないのに、嘘なんじゃないかといつも思っちゃうんですが、そういう体験はありますか?

ミヤケ:若い頃は私もあったんだと思うんですが、いろいろとぶつかってそげてくると、そういう部分が減ります。ただ単に人に嫌われるのが平気になってきているのかもしれませんが、あんまり誤差を感じないようになってきているかなと思います。
あと、若い頃に感じていた微妙な違和感って、ボキャブラリーが足りないからかなと思っているんですよね。ひとつの色、例えば「赤」を表すにも、いろいろな赤色の名前がありますよね。感情も日本語だとそれぞれ言葉があるので、ボキャブラリーがないと、どうしても間違った近いワードを出しちゃう。そうすると受け取られ方が変わっちゃいますよね。そういう意味でも、年を取ってくると語彙も増えて、前よりも違和感がなくなる気がします。
最後に、今回どうしても言いたかったことがあって。『犬小屋』という向田さんの短編小説に「影虎」という犬が出てくるのですが、実は私の飼っている猫のロシアンブルーは色がグレーなので「影虎」という名前を頂戴しているんです。作品についてはいろいろと思いがあって……、好きな作品が多すぎて話が終わらなくなると思います(笑)。

前田:後で教えてください!ありがとうございました。

ミヤケ:ありがとうございました。

PROFILE

  • 美術家/京都芸術大学教授
    ミヤケマイ

    日本の伝統的な美術や工芸の繊細さや奥深さに独自の視点を加え、過去・現在・未来をシームレスにつなげながら、物事の本質や表現の普遍性を問い続ける美術家。一貫したたおやかな作風でありながら、鑑賞者の既成の価値観をゆさぶり、潜在意識に働き掛ける様な作品で高い評価を得る。斬新でありながら懐かしさを感じさせるタイムレスな作品は、様々なシンボルや物語が、多重構造で鑑賞者との間に独特な空間を産み出す。媒体を問わない表現方法を用いて骨董・工芸・現代美術・デザイン、文芸など、既存の狭苦しい区分を飛び越え、日本美術の文脈を独自の解釈と視点で伝統と革新の間を天衣無縫に往還。主な展示に水戸芸術館 現代美術ギャラリー「クリテリオム65」、ポーラ美術館「天は自らを助くるものを助ける」、メゾンエルメス「雨奇晴好」、「面影」ワコールスタディホール京都 、「変容する家」金沢21世紀美術館2018、釡山市美術館「BOTANICA」2018、大分県立美術館「アート&デザインの大茶会」2018、さいたま国際芸術祭2020他多数。講談社から詩と小説の間の掌握小説「お休みなさい良い夢を」とプラープダー・ユンと共著の実験的な小説「色カラーズ」など三山桂依の名前で小説2冊を出す他、同名で映画や本、日本美術のコラムなど連載を雑誌などで執筆。

  • 「SPINNER」編集長/モデル
    前田エマ

    1992年神奈川県出身。東京造形大学在学中からモデル、エッセイ、写真、ペインティングなど幅広い分野での活動が注目を集める。現在は雑誌、WEB等でアート・服など様々なジャンルをテーマに連載を担当している他、ラジオパーソナリティも務める。

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