
DIALOGUE
旺盛な好奇心で風のように軽やかに生きた、向田邦子。台湾の飛行機事故での突然の死から40年となる2021年1月、スパイラルで特別イベント「いま、風が吹いている」を開催。本展にあわせ、SPINNERの編集長・前田エマをホストに、現代を軽やかに生き抜く女性クリエイターたちと、仕事、暮らし、ファッション、旅など、向田邦子が関心を寄せた様々な事象について展覧会の会場で語り合いました。当日の対談をレポートします。
前田:次は旅について。向田さんはすごく旅がお好きで、今回もご自身で撮られた海外旅行時のスナップ写真がたくさん展示されています。辰野さんもイギリスに留学されていましたが、向田さんも辰野さんも海外のカルチャーを自分の中に取り入れているからこそ、日本のものを普遍的な目で見ることができるのではないかと思いました。
辰野さんが日本を離れて得た視点って、ものづくりに影響していますか?
辰野:日本のものづくりの仕事をしようとしたきっかけには、海外に住んでいた時の思いが強く影響しています。自分の国のものは、日常の中で当たり前になっていて気づきにくいのですが、海外で暮らしてみると素敵なものが実はいっぱいあるのだと気づかされます。工芸もそのひとつですね。そうしたものに貢献していきたいと思って、デザインを手がけるようになりました。
さすがに昨年は行けなかったのですが、できれば1年に1回は海外に行きたいと思っています。というのも、日本にずっと住んでいると、その常識の中でマインドが設定されて、動き方もその中に設定されてしまうんです。海外へ行くと日々の当たり前がそうじゃなくなってくるので、自分のデザイナーとしての価値観などが1回リセットされる。すごいクリエイターに出会って、「私は何をやっているんだろう」と刺激をもらうこともあるのですが、カルチャーが違ったり、人が違ったりする中で、一旦我に返るというか、より人間レベルで考え始めるきっかけになるので、定期的に海外へ行くことを重要視しています。
前田:私も半年だけなのですが、オーストリアのウィーンに留学をしていたことがあって、頷く部分がたくさんあります。
ところで、向田さんは青山のマンションにお住まいでした。辰野さんも表参道に縁があるんですよね?
辰野:5歳の時から表参道で育って、20年ぐらい住んでいました。向田さんのお家も自宅と近かったのだと最近気がつきました。スパイラルも幼少期から来ている憧れの場所でした。話はずれますが、いつかスパイラルと何かご一緒できるような、仲間になれたらいいなと思っていたので、まさか憧れの吹き抜けの、この場でトークをしているなんて感動的です。

前田:すごくいいお話ですね。
向田さんは幼い頃、転勤族のお父様のお仕事の都合で日本各地を転々とされていたそうですが、辰野さんは、イギリスの大学へ行くまでずっとこの辺(青山)という感じですか?
辰野:そうですね。「デザイン」という言葉すら知らないような幼稚園くらいの頃から、このあたりのデザインのものを見ていたので、なんとなく覚えているんですよね。そういう感動の蓄積で、デザイナーになりたいと早いうちから思っていて。この地で育ったから、このマインドでやっているのだろうなと思います。
前田:デザイナーになりたいと最初に思ったのは、どれくらいの時だったのですか?
辰野:美術系に行くのだろうなという思いは、なんとなく小学校の時からあって。デザイナーという職種ではっきりと認識して、良いなと思ったのが14歳ぐらいの時ですかね。多感な時期だからなのかな。いろいろと考える中で、ふとやろう、そんなにふうに思った時期がありました。
前田:生前、脚本家として主に活躍されていた向田さんは、いろいろな人と一緒に作品をつくり上げていっていたように思います。デザイナーも一人ではなくて、クライアントがいたり、誰かと一緒にものをつくっていく部分が強い職業だと思うのですが、どのような楽しさがありますか?向田さんの活躍と通じるものがあるのかなと思います。
辰野:つくってくださる方やクライアントさんの思いや哲学など、いろいろな要素に触れることで自分の考え方もどんどん変わって、ひとつのものができ上がっていきます。一緒に協働する相手によって良いものができたり、そうじゃなかったりするので、力の結集の中で上手く噛み合って、価値も高め合いながらできると最も良いと考えています。だから、いい人と組みたいっていうのは常にありますね。最初の頃は特定の「これをやりたい」っていう気持ちでやっていたのですが、今は人柄重視。いい人と仕事をしたいということが第一条件になっているくらい、一緒にお仕事する方は大事だなと思っています。
前田:きっと多くの人が、いい人と仕事をしたい、いい人と出会っていきたいと思われていますよね。私自身も仕事を始めた頃は「あの仕事がしたい。この仕事がしたい」と無我夢中だったのですが、この1、2年間くらいは「仕事って人なんだな」ということを感じる場面が多くて。
どうしたらいい人と仕事ができますか?

辰野:難しい質問ですね。話を持ちかけられた時に、その人物像が見えないと OK しないとか、だと思います。
前田:私は今まで何でも「OK、OK!お引き受けします!!」という感じできていたので、最近それだけではだめなフェーズに入ってきたのかしらと感じているところです。
辰野:とはいえ、100%そうするのはちょっと難しいんですが……そういう気持ちでやるのとやらないのとでは、ちょっと違いますね。
前田:勉強になります!ありがとうございます。
向田さんは、お洋服も器も本当に一生ものというか、普遍的なものを選ばれています。デザイナーとして「ロングライフデザイン」についてどのように考えていらっしゃいますか?
辰野:その質問はなかなか奥深いですよね。ロングライフデザインって、一言でいうのは難しい。私の中では、「長く使う」こと、使っている人の記憶や思い出とモノがつながることだと思っていて。もちろん「シンプルで飽きのこない」ということも、定義に含まれてよいのですが、人によっては華美なものが好きでずっと持っている人もいるので、見た目においては何とも言えないと個人的には思っています。それよりは思い出とか、記憶とか、そういったものが理由で長く使うことかと思います。もちろん、使い勝手がよくない場合は該当しないのですが、最低限の機能を持ち合わせている場合は、そうなると思います。
例えば自分がつくっているプロダクトも、できるだけその背景が素敵なものになるとよいなと考えていて。つくり手さんの思いであったり、その制作背景であったり、そういったものが使う人の耳に届いた時に記憶として残って、大事につくられたものだから大切にしよう、とつながっていくとよいなと思っています。ただ、ものがものとしてあるのではなく、記憶や思い出の中にうまくはまってくれるものにしたいなっていう。
前田:確かに華美なものが好きな人にとっては、それをずっと大事にされますし、シンプルイズベストって言葉だけでは語れませんね。
辰野:そうですね。皆さん、いろいろな趣味の方が世の中にはいらっしゃるので。それよりは大好きなおばあちゃんが持っていたものだからずっと大事にしたいとか、そういう考えがロングライフと言えるかもしれません。
前田:この展覧会では、向田邦子賞を受賞された方々をパネルでご紹介しています。向田さんの作品は後世に影響を与え、たくさんの人が向田さんの背中を追いかけて創作活動に励んでこられています。辰野さんご自身は、影響を受けたクリエイターや好きなアーティストなどはいらっしゃいますか?
辰野:たくさんいるのですが、まずは北欧の巨匠のアルネ・ヤコブセンとかウェグナーにはやはりすごく影響を受けていますね。皆川明さんも。あとは、時代が飛びますけど、先ほどの千利休とか。
前田:先人の方のクリエイティブってすごく影響を受けやすい部分と、自分にとっての道標のような部分、両方あると思います。
どういう時に叱咤激励してくれる存在になってきますか?
辰野:例えばこの前(11月)、スパイラルで皆川明さんが展示をされていましたよね。昔からよく展示を拝見しているのですが、ご自身の哲学や思想がいっぱい散りばめられていて、展示を見る中で心洗われることがたくさんあります。ものづくりはアウトプットももちろん大事なのですが、何を考えてつくっているかがすごく大事だと思っています。こんなにも世界を包み込むような優しさでものをつくっているのかと、皆川さんの哲学に驚き、共感しています。展示や本などからも、素晴らしさに気づくきっかけをもらっていますね。

前田:生き様とか哲学。私も好きな画家に出会うと、作品よりもどういうこと考えていたのかなとか、どういう人とどういう人生送ったのかなと気になります。作品だけを見せればよいっていう考えの方もいますし、それもその通りだと思いますが、私は他の部分にも影響を受けるので、辰野さんの考えに共感します。
さて、このウェブマガジンSPINNERの対談は、ゲストの方々にご自身の「軸」を毎回伺っています。辰野さんにとって「軸」とは何でしょうか?
辰野:究極的には、「自分の心に素直に生きること」だと思います。ただそれは当然簡単にはできないというか、好き勝手に生きられる世の中ではないので、そのために努力をして、全力で頑張る部分もあります。意にそぐわないことでも、乗っかっておけば楽なのですが、大事なところで自分の心に正直になれるように動けたらいいなと常に思っていますね。
前田:昨日のゲスト・ミヤケマイさんも、「自分に嘘をつかないこと」が一番大事とおっしゃっていました。向田さんの作品は人間のちょっと隠したい部分や、恥ずかしい部分をちゃんと書く。そういうところで共通するものがあるのかもしれませんね。
辰野:そうですね。本当に「あるがまま」というか、心の赴くままっていうのが、ある意味茶道の禅宗の考え方にも近いところがあって、人間の究極だと思うんですよね。ただ本当にこの世の中でそんな風に生きていくのは大変なこと。心の持ち方や考え方、対処の仕方もいろいろな要素を振り絞りながら、どうにか叶えていく、そうことかなと思います。
前田:ありがとうございます。最後に、向田さんについての感想や今後の展望など、何かあればお聞かせください。
辰野:展示を見て、文章を書く方は表現の仕方が違うなと思いつつ、自分の中に蓄積されているものがワッと出てくるところは共通しているなと思いました。向田さんの作品は、人間のいいところも悪いところも強く出ていて。ファッションをはじめ、旅も本も、そういった要素を感じました。完成された文章の原稿を楽しむのもいいのですが、なぜこの文章が生まれたのか、そういう見方もできるところが面白いですね。
前田:本日は、素敵なお話をありがとうございました。
PROFILE
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- 株式会社 Shizuka Tatsuno Studio 代表取締役 / クリエイティブディレクター / プロダクトデザイナー
- 辰野しずか
1983年生まれ。英国のキングストン大学プロダクト&家具科を卒業。デザイン事務所を経て、2011年に独立。2017年より株式会社 Shizuka Tatsuno Studioを設立。家具、生活用品、ファッション小物のプロダクトデザインを中心に、企画からディレクション、付随するグラフィックデザインなど様々な業務を手掛ける。
良いモノづくりがもっと認知され、続いてほしい。という想いから、現在は地場産業の仕事に力を入れ「長所を生かしていく、伝えていく、つなげていく」をテーマに製作している。2016年 ELLE DECOR日本版「Young Japanese Design Talents」賞など受賞多数。
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