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DIALOGUE

2020.08.05

青山悟(アーティスト) × 前田エマ

  • 対談:前田エマ、青山悟
  • テキスト:市川靖子(編集部)
  • 撮影:長田果純、忽那光一郎、編集部

現在東京オペラシティアートギャラリーで開催中の「ドレス・コード?ー着る人たちのゲーム」展。京都服飾文化研究財団(KCI)が収蔵する衣装コレクションを中心に、ファッションとアートのほか、映画やマンガなどに描かれた衣装も視野に入れながら、300点を超える作品で構成し、現代社会における新たな〈ドレス・コード〉、私たちの装いの実践(ゲーム)を、13のキーワードで見つめ直す展覧会です。
今回の対談シリーズはこの展覧会に出品している現代美術作家、青山悟さんのアトリエを訪問し、制作過程のお話からコロナ禍での日々のこと、美術大学の教育についてまで幅広くお話しました。初対面の前田編集長にも丁寧に作品説明をしてくれる青山さんはここち良い光が入るアトリエで日々制作しています。

撮影:長田果純

エマ:わ!この作品、本当に全部刺繍なんですね!

青山:今度練馬区立美術館の展覧会に出品する作品なんですよ。

エマ:コロナの影響で延期になった展覧会などはありましたか?

青山:4月に予定されていたニューヨークでの展示が中止になりました。ニューヨークはコロナ問題がBlack Lives Matterにスライドされてまた別の問題を抱えていますね。そういえば、Black Lives Matterに関連したワッペンの作品も作ったんですよ。

撮影:長田果純

エマ:めちゃくちゃ素敵ですね。

青山:これ接着芯があるのでアイロンで付けることができるんです。いくつか販売もしているんだけど、今までこれを購入した人は誰もまだ貼り付けてないと思うんだ。

編集部:この作品はコロナ禍になる前に一度見せていただいたんですが、その時から作品の変化はありますか?

撮影:長田果純

青山:ジョージ・フロイドの部分を追加しました。全体の下地は1800年代に起きた、イギリスのトラファルガースクエアで起きた、アーツアンドクラフトのウィリアム・モリスも参加していた頃のデモの様子が下地になっています。一人の労働者が殺されてしまったことをきっかけに社会主義運動が盛んになった、というデモの様子が描かれた版画に、この1年くらいの間に世界各地で起こったデモをコラージュしているんです。よく見てもらうとカルロス・ゴーンやトランプ大統領もグレタ・トゥーンベリもウィリアム王子もメーガン妃もいるんですよ。ただ、「Come and see what’s real(本物・真実を見に来い)」というメッセージを旗に描いている箇所はオリジナル。全体的に刺繍は少し増やしただけなんだけど、コロナの前と今と、見え方や意識はだいぶ違うかもしれませんね。コロナ禍中は、国際女性デーを最後にデモが全て行われなくなりましたね。ということはこの作品ももう終盤かな、と思っていたらニューヨークでBlack Lives Matterのデモが起きたので慌ててスタジオに戻ってジョージ・フロイドを画面に入れました。大学の授業も含めて生活の大部分がオンラインに移行したので「Come and see what’s real」というメッセージは、コロナ前とは意味が変わっているかもしれません。この作品を作り始めた時はオンラインで生活する、ということをあまり意識していなかったと思います。

エマ:この作品はどのくらい前から制作しているんですか?

青山:2019年の10月頃からかな。その頃香港のデモがかなり大規模になっていました。サンダースとバイデンの選挙争いもその頃あったよね。

エマ:昨年のあいちトリエンナーレのことも描かれていますね。いろんな意味や光景がたくさん描かれているんですね。

撮影:長田果純

青山:反トランプもあればトランプ賛成派もいるでしょ。でも自分の政治的主張は全く入れずに、その時に起こっていることを淡々と入れ込んでいるんです。

エマ:この作品はいつ終わりを迎えるんでしょうか。

青山:今度の展覧会で出品するんだけど、意図的に未完成な状態で見せようかと思っています。大統領選を受けてどうなるか、というところもあるけどね。

エマ:これはニューヨークに出品する予定だったんですか?

青山:そう。その予定だったけど、この状況では難しかった。

エマ:この一ヶ月くらいで一気にデモへの考え方が変わりましたよね。

青山:そうだよね、変わったよね。
ネルソン像が引き倒されているのを刺繍にしている部分があるんだけど、ネルソン像も引き倒されるターゲットになってるらしいね。今、世界中で銅像を引き倒すのがブームになっているみたいですよ。

撮影:長田果純

エマ:デモや歴史は同じようなことを数十年単位で繰り返しているように思えます。青山さんは時代を先読みしているみたいですね。

青山:結果的にそういうふうになるのかな?
この作品のオリジナルイメージは1887年の血の日曜日事件が元になっています。それこそ130年前くらいだからね。歴史は繰り返すし、あまり変わっていないとも言えるかもしれない。ただ、明らかに今の方がグローバリゼーションであって、コロナがこのグローバリゼーションをどう変えていくのか、興味がありますね。

エマ:これまでは日本が島国だからかもしれませんが、遠くで起きていることは遠くのことという意識がありました。でも今は人類がコロナという共通言語を持ってしまったわけですよね。

青山:今はフィジカルに旅ができないからそういう意味ではグローバリゼーションは少し停滞していると思うんだけど、一方で ステイホームの間はずっとAmazonとかAppleとかグローバル企業に頼りっぱなしの生活をしていて、グローバリゼーションが促進されたのか停滞しているのか、ちょっとよくわからない状態でもあるよね。

エマ:今地方に住みたくなっている人も増えていますよね。東京にいる必要がなくなっているので二拠点活動する人も増えていると聞いています。

青山:僕は地方に住みたいな、と一瞬思ったこともあるけど病院のこととか考えるとやっぱり東京の良さもあるって思っちゃうんだよね。

エマ:確かに、老後や医療のことを考えると東京の方が便利なのかもしれませんね。

青山:東京から人が少なくなると東京がよく見えてくるんだろうね。一長一短だよね。

エマ:歴史や政治のことを押し付けがましくなく作品にしていくことって、見る側にもいろんなことを考えさせてくれますね。直接作品を見ることによって、刺繍が持つ強さやおもしろさを、青山さんの作品から感じることができました。そして糸の重なり、ものとしての重厚感も感じ取ることができました。今ってアーティストはコンセプトや考え方を明確にすることも必要ですが、物質的な意味での素材が無くても自分の表現を伝える必要があるという状況の中で、刺繍というものが持つおもしろさというものが際立つと思うんです。私も平面作品を制作しているんですが、その時に「嬉しさ」というものを感じるんです。手を動かして作品ができる、ということについて、今この時代でどう思われますか。

撮影:長田果純

青山:ものを作って、マーケットに乗って活躍している作家も多い一方で、国際展では物質的なものとしての作品よりもコンセプトが主流になっている時代でもあると思います。コンセプトとものづくりは分断して考えられていると思っているんだけど、ものづくりというのは無くなることは絶対ないわけですよね。コロナ禍の今の時代にものを作るということは、展覧会が中止になった場合にバーチャル展覧会やオンライン展覧会で、という可能性もある。バーチャルはバーチャルでアリなんだけど、そういう時代だからこそ、本物を見たいという人は多かったと思うんですよね。オンラインが発達すればするほど本物の力を求める人たちが増えてくる。コロナの最中に結構このことを考えましたね。バーチャルの展覧会は、それを前提にして作られているならば面白いんだけど何かの置き換えでバーチャルになっているものってすぐ飽きてしまうんですよ。一番ベストなのは空間があって、フィジカルに見ることなのにそれができないからバーチャルに落とし込んでいる、というものはちょっと違和感がありますね。例えば、ベジタリアンのメニューでも、最初からベジタリアンを前提にして作っているのであれば美味しいんだけど、肉の替わりだったり何かの置き換えで食べるべジタリアンメニューは個人的にはきついんだよね(笑)

撮影:長田果純

エマ:映画も映画館で観るために作られているはずだから、家で観るのと映画館で見るのとは音質も映像の質感なども全然違いますよね。美術館に行くとか、どこかに移動して得る体験ってそこに流れる空気感も含めての体験なんですよね。私はアートは体験だと思っているので、移動が制限されるコロナ禍の中でこれからアートはどういう世界になっていくんだろう、と考えます。SNSで体験を他人と共有できているように思いながらも、実際はそんな体験はなかなか共有できず、掴めない感覚が常にありますね。

青山:SNSでも伝わる作品もあれば、全く伝わらない作品もありますよね。刺繍なんて画面上で見てもディテールは伝わってないんじゃないかな、と思うんです。実際はボコボコしているし。作品に「Come and see what’s real」って書いているのは、フェイクニュースが流れている世の中で何が真実なのか見極めるのは難しいよね、というメッセージを示唆しているんだけど、本当のことを言うと「僕の作品は刺繍で本物見ないと伝わらないんだから本物を観に来てよ」というささやかなメッセージでもあるんですよ。大きい意味と小さい願望のダブルミーニングがあるんです。ペインティングも同じで、東京国立近代美術館でピーター・ドイグ展を開催しているけどあれは実際に見ないと本当に理解できないと思いますよね。

S:コロナの最中、いろいろな美術館が閉館になってしまって、360度バーチャル映像や動画などを各美術館が発信していましたけど、やらなくちゃいけないという使命感で発信しているから見ている方は少し置いていかれている感がありました。

青山:絵画作品って、なかなか伝わらないよね。小林正人さんが「絵画は情報量がものすごくあるからスキャンしても絶対に再現できない」って話していたんだけど、確かにいくら解説してもしきれないのが絵画かもしれないですね。例えばドイグの絵がどうして素晴らしいのかというと、あらゆる技法を駆使して、あらゆるテクスチャーを出しているっていうのが大きい。

エマ:画面の中にすごくたくさんの時間のやりとりや距離感が詰まっているのを目の前にすると五感全部でキューッとなる感じがします。やっぱりそこが最高だな、って思いますね。

撮影:長田果純

青山:絵画の良い部分は、ネットだとやはり削がれてしまいますね。

PROFILE

  • 芸術家
    青山悟

    1973 東京生まれ 東京在住
    1998 ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ(イギリス) テキスタイルアート科卒業
    2001 シカゴ美術館付属美術大学大学院(アメリカ) ファイバー&マテリアルスタディーズ科修了

  • モデル
    前田エマ

    1992年神奈川県出身。東京造形大学在学中からモデル、エッセイ、写真、ペインティングなど幅広い分野での活動が注目を集める。
    現在は雑誌、WEB等でアート・服など様々なジャンルをテーマに連載を担当している他、ラジオパーソナリティも務める。

  • 空気の日記
  • エマらじお
  • 交換日記 凪
  • utakata
  • Spiral Schole
  • 妄想ヴォイスシアター
  • アトリエおよばれ
  • TEXTILE JAPAN FOR SPINNER
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