
DIALOGUE
88歳になってもなお精力的に執筆活動をされている谷川俊太郎さんと、おしゃべりが大好きで楽しいことを人に伝えたい気持ちで溢れる27歳の前田エマさんとの対談は、窓を開けると梅の香りがほのかに漂う、俊太郎さんの素敵なご自宅で行われました。歳の差は60歳あるものの、まるで昔からずっと仲良しでお茶飲みともだちだったかのような二人が「人生の軸」について語り合いました。
日常生活というのは人間の一番基本的な現実(谷川)

谷川:あなたは誰かと生活したことある?
前田:ないです。
谷川:日常生活というのは人間の一番基本的な現実だと思うよ。男は宇宙行ったり戦争したりしてるけど、一番の基本はご飯食べておしっこしてうんこしてっていうことだと思う。だから、日常生活を誰かと営んでみると他人というのがどういうものか、わかってくるよね。 他人への興味って持たざるを得ないじゃない?つまり、他人とどうやってうまくいくか、ということが大事になってくるんだよ。
前田:私はあまり他人に興味がないんです。同じように動物にも興味がない。 他人と生活してみるというのも自分の軸の形成になるかもしれませんね。試してみようかな。 ところで家族は他人だと思いますか?
谷川:結婚したら他人も家族になるんだろうね。やっぱり家族は自分にとって一番リアルな他人になるのかな。 僕は子供だからとか親だからとかっていう意識はあんまりない。全部他人なの。
前田: 高校生の頃の話ですが、我が家では父の提案で家族のことをファーストネームで呼び合うようになったんです。子どもだから、親だから、とかそういうことではなく、家族は他人なんだ、という関係性です。
谷川:うちも娘が小学生の頃、俊太郎さんって呼ぶようになったんだよ。作曲家の武満徹さんちの影響もあったと思うんだよね。 彼んとこは、早い時期から海外に行っていたからみんなファーストネームで呼ぶのに慣れていたんだよね。 それはすごくいいなと思っていたらうちも自然に名前で呼ぶようになっていましたよ。

前田:母親のことを名前で呼ぶようになってから、母親のことも一人の女性として捉えるようになりました。 初めて人を好きになった時に、私が経験したこの気持ちを、母親という女性も同じように経験したのかなと思えて、すごく嬉しい気持ちになったのを覚えています。 もしそのままママ、と呼んでいたらその感情に気付けなかったかもしれない。でも名前で呼ぶことで、母は私と同じ人間なんだ、と自然に思えてよかったです。
谷川:その感情は大事にするといいね。
最小に生きる、ということが快くなっている(谷川)
前田:さきほど、俊太郎さんの軸は「生活」だとおっしゃっていましたが、他にもありますか?
谷川:一言では言えないけど、赤ん坊の時から今までの経験の総体が軸になっていると思いますよ。 これがいいとかこれが悪いとか、そういう判断が何十年も積み重なっているから、僕の軸はすごい太い軸だと思っているの。 木の幹みたいな軸ができてるんじゃないかな。その軸にあるものが毎日の判断を支えているのかな。 毎日、判断しないといけないこと、たくさんあるじゃない?この仕事は受けようとか断ろうとかさ。 そういうのは木の幹みたいな軸で判断できているような気がしますけどね。
前田:独楽の中心にあるような細い棒のような軸ではなくて、大きくて太い軸なんですね。
谷川:今の世の中みたいに情報が多くていろんな意見があると自分の軸を持っていないとヤバい!って気がするよね。 マスメディアが言う大げさな言葉を信じない、というのも自分の経験や自分の軸から考えないといけないよね。
前田:ニュースやテレビから伝わることはどれくらい自分の中に入れていますか?
谷川:入ってきちゃう、よね。それを選別しなくちゃいけない。今は放っぽり出した方がいいものがいっぱいあるんですよね。

前田:放り出すにしても、見て知ってから放り出すのと全くもって情報をシャットダウンする、という二つのやり方がありますよね。私はあまり見なくなるんです。でも、それはせっかく自分が生きている今の時代のことを見ないということにもなってしまいますよね。
谷川:そういう生き方もあるんじゃないかな。僕にも半分そういうところあるよ。 時代というものは気になるし、時代に影響受けてるのは明らかだし、新しい知識に興味があるのも確かなんだけど、年取ってきたらこういう関係の本は読む必要がないだろうとか、こういう記事は頭に入れなくていいだろう、というのは増えてきますよ。 『minimal』という詩集を出したことがあるんだけどね、最小に生きる、ということが快くなっているのは確かなんだよね。 ある程度軸ができているから周りのものが気にならなくなっているんじゃないかな、と思ってます。
前田:年をとっていかないと見えない景色ももちろんありますよね。
谷川:でも早くから見えてる早熟な人もいるよ。30代でこんなことわかってたの?!っていう若い作家もいてびっくりすることあるもの。
前田:そういう若い人への好奇心を、俊太郎さんはずっとお持ちなのですか?好奇心とミニマルという考え方は繋がっていますか?
谷川:繋がっていますよ。好奇心があればその対象を大事に思うでしょ?ということはつまりその他のことは大事ではなくなるってことなんですよ。
前田:なるほど、確かにそうですね。
悲しみという感情があるから詩をずっと書けていたのかもしれないね(谷川)
前田:俊太郎さんはお仕事するときにモチベーションをどうやって保とうとしてますか?
谷川:意識してませんね。昨日もどうでもいいし、明日もどうでもいいの。(笑) 今ここが大事で、今ここにしか生きていないと思う。 だから随分奥さんたちに叱られてきたけどね。過去から未来を気にしなかったのは確かなんだけど、それは運が良かったからだと思うんだよね。 今はさらに気にしなくなったよ。だから、悪いけど地球がどうなってもいいじゃん、ってとこは正直あるよね。

前田:今、という観点だと、悲しみを持って悲しみを知って今を生きている人にはかなわないという思いがずっとあります。私が悲しみと無縁で生きてきてしまったからかもしれないんですが。悲しみもある意味、軸につながっているのかなと思います。
谷川:悲しみは人間が生存している上での一番基本的な感情でしょう。 人間関係で裏切られて悲しいとか恋愛感情で悲しいとかそれとはちょっと違う、もっと基本的な人間の存在条件だと思うんだよね。 それは若い頃からずっと感じていて、僕の詩にもたくさん出てきますけどね。今でも「生きる悲しみ」というのは自分の中にありますよ。
前田:小さい時に大好きな祖母がいつか自分より先に死んでしまうことに気づいたときに号泣したことがあるんですが、それが最初の悲しみだったのかな。
谷川:それは基本的な悲しみの一つなんじゃないかな。 でもさ、そういう悲しみは大人になったら消えちゃうってうのが不思議なんだよね。
前田:大切な人を亡くしたことがないので、大切な人を失ったことで得たものがある人にはかなわないなと思っています。 その経験や気持ちを経ている人へにはかなわないな、と思います。
谷川:僕にとって基本的な悲しみというのは事件的なものは一切なくて、「何もない状態で幸せな状態でも悲しい」というのが一番深い悲しみなんだと思うよ。考えてみると小さい時から今までずっとあるね。孤独や喜怒哀楽とはまた違う悲しみだよね。 悲しみという感情があるから詩をずっと書けていたのかもしれないね。意識下にある地下水みたいなもの。
前田:悲しみは自分で気づくものなんでしょうか。それとも常にあるものなんでしょうか。
谷川:ふっと悲しみに触れるか触れないか、ってことなんじゃないかな。 意識するときもあるし忙しくてまったく考えてないときもあるし。
前田:常に隣にあるけど、ふっと風が吹いた瞬間になんだか悲しい、って思ったり。 朝すごく良い気分で目覚めたのに差し込む光を見て悲しいなと、ふっと思うこともありますね。
谷川:悲しみを知っているじゃない。 笑

前田:悲しみは出来事じゃないんですよね。悲しみも芯というか、底にあるものなんですね。
谷川:音楽で持続低音というのがあるんだけどそれに近いかな。音楽のようにその上に喜びやいろんな感情が重なっていくんだよね。 普段は上に重なった感情を感じているんだけど人間は時々持続低音の方に触れてしまうんだよね。 それがきっと軸なんだよね。
前田:今日はお話し聞けて本当に良かったです。
(対談:2020年3月実施)
衣装協力:ワンピース FOR flowers of romance/コサージュ la fleur
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