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DIALOGUE

2020.04.01

谷川俊太郎×前田エマ

  • 対談:谷川俊太郎・前田エマ
  • テキスト:市川靖子(編集部)
  • 撮影:深堀瑞穂

88歳になってもなお精力的に執筆活動をされている谷川俊太郎さんと、おしゃべりが大好きで楽しいことを人に伝えたい気持ちで溢れる27歳の前田エマさんとの対談は、窓を開けると梅の香りがほのかに漂う、俊太郎さんの素敵なご自宅で行われました。歳の差は60歳あるものの、まるで昔からずっと仲良しでお茶飲みともだちだったかのような二人が「人生の軸」について語り合いました。

できるだけ簡単な生き方をしたいんだよね(谷川)

谷川:ここにいい独楽があるでしょ。友だちからもらったの。とても科学的な感じの独楽でしょ?

前田:俊太郎さんは物を集めるのはお好きなんですか?

谷川:昔真空管ラジオをごっそり集めていたことがあったんだけど、デザイン系の大学に寄付しちゃった。その頃はラジオを集めるのに夢中でね。外国に行くと中古のラジオ屋を探しまくっていたよ。

前田:好きだった物を手放す瞬間って、どういう時に訪れますか?

谷川:物が重荷になる時があるんだよね。簡単に言えば断捨離。年を取ってくると確かに物は要らなくなってくるの。だからできるだけ簡単な生き方をしたいんだよね。ここの家も大きいし、郵便も多い。なかなかシンプルに生きられないんだけどね。

前田:どんどん増えていくことが苦痛になったらどう対処しますか?

谷川:捨てる技術が無いから、捨てることが大変なんだよね。

前田:増やすよりも捨てる方が大変そうですね。もしかして離婚と一緒ですか?
私は結婚も離婚もしていないんですが、離婚する方が結婚するより何倍も大変だよ、とよく聞くので。
実は私は人生で一度も結婚したいと思ったことがないんです。

谷川:おお、いいじゃん、俺もそうだった時期があったな。

前田:結婚って、周りの力によってさせられてしまうものなんでしょうか?

谷川:人にさせられるってことはないけれど、なんとなく期が熟したり、一緒にずっといた方がいいなと思ったりするんだよね。
パスポート取る時に別性だと面倒くさいとかよくあるじゃない、そういうどうでもいいことも結婚する理由の一つかもしれないね。
初めての結婚はもうちょっと真面目だったけどね。

前田:真面目な結婚と、適当な結婚があるんでしょうか?

谷川:適当というより、自分はどうでもいいんだけど相手が「絶対結婚したほうがいいわよ」と言ってきたら結婚しちゃう、っていう結婚はあるよね。だって断ったらギクシャクしちゃうじゃない。
人に合わせちゃうんですよね、僕は。

前田:俊太郎さん、お優しいですね。私は人に合わせないで今の今まで生きてしまいました。

谷川:それで生きてられるの??

前田:自分のことしか興味がないから、あまり人の言うことが気にならないんです。

谷川:人の言うことを気にしないっていうのはそれは身体にいいことだよ。

前田:ストレスはあまり溜まらないですね。良くも悪くも素直なので。

言葉を書いていくことは自分の軸を発見すること(前田)

前田:さて、俊太郎さん。本題ですが俊太郎さんにとって「軸」とはなんですか?

谷川:軸って、生きてる時間と関係あるよね。小さい頃は軸なんてなかったと思うよ。でもだんだん年を取って意識するようになったのは「好き嫌いがはっきりしてくる」とか「良し悪しを自分で判断できる」とか、そういうことが積み重なって軸になっている、というのは思うよね。

前田:判断の積み重ねがいつの間にか軸になっているかもしれませんね。
私はエッセイを書く仕事をしていますが「言葉を書く」ということは、自分の世界と、自分が存在している世界との違和感を整理して確かにしていくことなのかな、と思っているんです。言葉を書いていくことは自分の軸を発見することにつながるのかもしれませんね。

谷川:自分で言葉を書き付けていくとだんだん自分の軸を意識することになると思うよ。
例えば文章を推敲している段階で、こういう書き方がダメだと思ったらそこが自分の軸になるんじゃないかな。
文章を書くことは自分の軸を発見する役に立つんだよ。

前田:私の中で忘れられない詩の体験があります。小学校4年生の時の話なのですが、お家が魚屋を営んでいる男の子が同級生にいました。その子は野球少年で、寡黙で、普段は本も読まないような子だったんです。国語もそんなに得意じゃなかったと思います。
私は九九は未だに言えないけれど、作文と朗読が人よりも少しできました。ある日、全校集会で私が書いた詩が入選したと発表されたんです。喜んだのもつかの間、「この学校に優勝した人がいます」と校長先生が言いました。それがその魚屋の子だったんです。
「僕の家は魚屋。夏になると店の外でうなぎを焼く。その匂いに、お客さんが引き寄せられてうなぎを買っていく。僕はそれを見るのがすき」というような内容の詩でした。
ただ情景を丁寧に書いているだけなのに、こんなに強いんだ、と。衝撃でした。
感情を書かなくても日常に起こったことを丁寧に言葉で置いていくことで、人の心の中に感動を作れるんだ、という体験をしたんです。

谷川:それは散文の基本だよね。そこに気がついたのは偉いよ。

前田:我が家では、テストで悪い点を取っても、「あんなに勉強したのにこの点数!すごいじゃない!」という家族だったので人と比べられることはあまりなかったのですが、初めて人に対して嫉妬して、人生で初めて悔しい思いをしました。それが私の文章の最初の軸です。

谷川:それも軸の形成の一つだね。

前田:すごく大きな軸の形成だったと思います。

一人でいいのにどうして周りの他人について詩をかけるんでしょうか(前田)

前田:ところで俊太郎さんは男の子ってどう思いますか?先ほどの魚屋の男の子もそうなのですが、私は男の子という生き物にずっとびっくりさせられています。私には7つ離れた大好きな弟がいるのですが、弟が成長していくのを見ながら「なるほど」と関心しながら、男子への答え合わせをしているような感覚なんです。俊太郎さんの『きみ』という詩にも通じるかもしれません。男の子っていつも猫のようにじゃれあっていて、びっくりするほど真っ直ぐでバカ!(笑)憧れるんです。

谷川:僕はね、一人っ子だったから友達が必要じゃない人間だったの。今でもそう。小学校でもみんなと肩組むのが苦手だったの。基本的に独りがいいって子だった。友達と喧嘩もしなかったな。

前田:一人でいいのにどうして周りの他人について詩を書けるんでしょうか。

谷川:一人っ子だけど、僕は女性がいないと生きていけない人なんだよね、今でも。 僕はね、子供の時はすごい母親っ子だったの。自分が死ぬのは怖くないんだけどお母さんが死んだらどうしようって思いながら子ども時代を過ごしていたんだよね。でもね、恋愛をしたらきれいさっぱり母親への想いがなくなっちゃって。今度は恋愛している相手が死んだらどうしよう、という不安。だから僕は母でも恋人でも、女の人が一人いればいいんだ。

前田:一対一の、この二人でいることが、世界を見るすべての物差しなんですね。

谷川:その頃一緒に仕事をしていた朝倉摂さんが、僕が「男と女の一対が人間の基本だ」と言ったら、摂さんは「人間は一人が基本だ」というんだよね。僕はその時はわからなかったけど、結婚と離婚を3回繰り返したら今は人間は一人が基本なんだ、というのがわかってきたよ。

前田:初めて恋愛した時はどんな感じでした?世界の見え方、ガラッと変わりました?

谷川:最初の出会いの時は自分の周りにある好きな自然…例えば空とか海とか木と、女性の区別がついていなかったね。だから女性のことを人間としてみていなくて、単なる生物、つまりは自分とは違う種として付き合ってたかな。

前田:私が動物に対して抱く感情と似ているかもしれません。私の中では猫も蟻も犬もダンゴムシも人間も区別がなく、生き物は全部一緒なんです。
人を殺すと死刑になるのにどうして蟻を潰しても死刑にならないのか、小さい頃に不思議だなと思った記憶があります。
大人になってからも、日本の動物が当たり前に去勢されていることを知った時に、人間に対してそれをしてしまったことは裁判にかけられるのにどうして動物に対しての法律が日本にないのだろうか、というのが疑問でした。

谷川:その感覚はよくわかるよ。動物と人間、というのはどこかで区切れているんだろうね。
僕は生き物は大体好きでね、ただゴキブリなんかは友達にはなりたくないな。スリッパでは叩いたりしないけど。(笑)

前田:空や木が美しくてそれを見て心の中にいろいろな感情や風景が生まれる。自然とその対象の中に女の人が現れたのですね。どうして感情が人間に移っていったんですか?

谷川:だって相手が人だからね。どこかで喧嘩になるじゃない。当時は若かったし、喧嘩がエスカレートするのを繰り返していくと、これはやっぱり人間を相手にしているからなんだ、というようにわかってきたの。生活というのは人間がしなくちゃいけないことだから、結婚すればお金も必要になってくるよね。

前田:生活が入ってくるところが、空と木とは違うわけですね。
生活はどういうように回していけばいいんでしょうか。

谷川:回すって、独楽じゃないんだからさ 笑

前田:SPINNERですし 笑

PROFILE

  • 詩人
    谷川俊太郎

    詩作のほか、絵本、エッセイ、翻訳、脚本、作詞など幅広く作品を発表。 近年では、詩を釣るiPhoneアプリ『谷川』や、 郵便で詩を送る『ポエメール』など、 詩の可能性を広げる新たな試みにも挑戦している。

  • モデル
    前田エマ

    1992年神奈川県出身。東京造形大学在学中からモデル、エッセイ、写真、ペインティングなど幅広い分野での活動が注目を集める。
    現在は雑誌、WEB等でアート・服など様々なジャンルをテーマに連載を担当している他、ラジオパーソナリティも務める。

  • 空気の日記
  • エマらじお
  • 交換日記 凪
  • utakata
  • Spiral Schole
  • 妄想ヴォイスシアター
  • アトリエおよばれ
  • TEXTILE JAPAN FOR SPINNER
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