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DIALOGUE

2021.03.04

SPINNER × 向田邦子没後40年特別イベント「いま、風が吹いている」特別対談 第3回 廣川玉枝×前田エマ

  • 対談:廣川玉枝(クリエイティブディレクター/デザイナー)・前田エマ
  • 編集:SPINNER編集部
  • 撮影:長田果純

旺盛な好奇心で風のように軽やかに生きた、向田邦子。台湾の飛行機事故での突然の死から40年となる2021年1月、スパイラルで特別イベント「いま、風が吹いている」を開催。本展にあわせ、SPINNERの編集長・前田エマをホストに、現代を軽やかに生き抜く女性クリエイターたちと、仕事、暮らし、ファッション、旅など、向田邦子が関心を寄せた様々な事象について展覧会の会場で語り合いました。当日の対談をレポートします。

前田:皆さんおはようございます。最終回となる今日は、ゲストに廣川玉枝さんをお迎えしています。早速ですが、ご自身について簡単にご紹介をお願いします。

廣川:おはようございます。私は文化服装学院から社会人を経て独立し、「SOMA DESIGN」という会社を立ち上げて、ブランド「SOMARTA」を手がけています。SOMARTA以外でも、制服や舞台衣装をデザインするなど、ファッション全般を幅広い視点で捉えて仕事をしています。最近は、ロボットやプロダクトなど、衣服以外のデザインで企業と関わることも増えています。

前田:ありがとうございます。ファッション全般だけでなく、いろいろなもののデザインを手がけられていて、廣川さんの活動に毎回驚きを感じています。今日はお会いできて嬉しいです。
この展覧会では、向田さんの小説や脚本、愛用品、ご自身の旅の様子などが紹介されています。今日ご覧になられていかがでしたか?

廣川:服や、集めて使っていた器など、身のまわりのものが展示されていて、向田さんはいらっしゃらないんだけれど、「人となり」がすごく伝わってくる展覧会ですよね。私自身、旅や食べることもすごく好きですし、飼っている猫のことも好きなので、共通点が多いなと思って拝見していました。

前田:廣川さんはどういった経緯でデザイナーになられたんですか?

廣川:高校生の頃に美術部に所属していて、油絵で風景や人物を描く、いわゆる「絵画」を先生から学んでいました。絵を描くことが小さい頃からすごく好きで、いつか絵を描く仕事をしたいなと思っていたんです。当時、服には全然興味がなくて。地元にはお洒落なお店もなかったし(笑)。絵を描くことで何ができるんだろう、と思っていました。
当時は、建築やプロダクト、グラフィックなど、いろいろな種類のデザインに関する職業があるとも知らなかったんですよね。ただ、ファッション誌で、美しく装った女性の姿を見ることは好きでした。こういう世界に関われたらいいなと思った時に、閃いたんですよね。ファッションデザイナーという職業があるのを知って、デザイナーになれば絵が描けるし、服をつくれば立体になって着ることもできる。絵画を着て歩くようなイメージの服をつくることが出来たら、自分が今やっていることにつながるかもしれない。だから、ファッションデザイナーになったらいいんだって、思いつきました。それが最初のきっかけですね。

前田:絵を描きたいという気持ちから始まっているなんて、面白いですね。私は父親に、美大へ行くなら油絵科だと言われて、絵を描くのが苦手なのに油絵科に入りました(笑)。大学時代、半年間ウィーンに留学した時に、毎日ヌードモデルをクロッキーする授業があったんです。その時、先生に「君は人しか見ていない。人は風景の中にいるから、風景を人として、人と風景を一緒に見なさい」と言われて。ファッションは絵画を着て歩くようなこと、という廣川さんのお話が、今、私の中でつながりました。

廣川:私も人しか見ていないし、人しか描いていませんでした。背景が苦手で、背景をできるだけ描かずに何とかしようと(笑)。当時から、人を描くことが好きだったからだと思うんですよ。環境があって、いろいろな服があって、食べ物があって。衣食住のデザインが複合的につながっているとわかったのは、かなり最近のことですね。

前田:今回の展覧会では、向田さんご自身が描かれたドローイングもありますし、所有していた絵画も展示されています。私は向田さんの絵が上手でびっくりしました。

廣川:びっくりしましたよね。文章を書かれる方ですから、原稿は展示されていて当然ですが、絵も描かれるんだと。しかも絵心がありますよね。

前田:ありますよね。自分の引きたい線を引ける人って憧れます。

廣川:向田さんの筆跡や絵を見ると、自由に猫を描いたり、文章を書いていらして。常に自由に創作されていたのだと人柄が伝わってきますよね。

前田:服のデザインこそ、人がいてこそのものですよね。
学生時代の油絵やドローイングと、服をつくるお仕事と、つながっている部分はありますか?

廣川:絵を描く時は、描けば終わりですよね。服は、それを立体にしなければならない。服って分業制なんです。ひとりの力で服はつくれないんだと、働くようになってから気づきました。学生時代は、自分の好きな服を自ら縫って完結していたのですが、社会に出てからは、いろいろな人の手を経てようやく一着ができているのだと知りました。自分のできることって少ないんですよね。だからデザインする段階でも、人とのつながりが大事。自分の思っているイメージを形にするまでに、いろいろな人と協力していかなければならない。そこが絵を描いている時と、デザインをする時と、チャンネルが変わるような感じがしましたね。

前田:確かに。絵を描くって、自分の中にどんどん深く潜っていく作業だと思います。
向田さんは会社員を経てドラマの世界に入っていかれ、やがて小説を書くようになっていきました。小説を書くのはひとりの作業ですが、ドラマは自分が書いたものをいろいろな人と関わりながら視聴者の方に届けていくので、その部分はファッションデザインと近いかもしれないですね。人と一緒に作業する面白さでもあると思いますが、自分の思い通りにならないこともたくさんありますよね。

廣川:最初に会社員として働いていた時は、本当に失敗ばかりしていて。でも、そういう失敗を繰り返していくことで、自分のイメージするものを徐々につくれるようになっていくんですよね。今思うと、よく見逃してくれたというか、寛大な先輩たちに囲まれていたと思います。失敗に寛大な先輩がいるかどうかで、自分の生き様が変わっていく気がしますね。

前田:出会う人、自分のことを叱ってくれる人、受け入れてくれる人って、仕事をしていく上で一番大事かもしれませんね。
廣川さんは、学生時代は自分が着たい服をつくられていたということですが、向田さんも無いならつくってしまおうっていうスタンスで、様々なものを自らつくられていました。スカーフをストラップがわりにしたワンピースをつくったり、ふたりの妹さんのお洋服をつくったりしていたそうです。私は、向田さんに憧れて、洋装のアトリエに通ったことがありました。服づくりには自分の手でつくる喜び、自分が着る喜び、そして大事な人が着てくれる嬉しさがありますよね。
たくさんの人に自分のつくったものや、精神が届いていくって、どういうことだと思っていますか?喜び、やりがい、発見はありますか?

廣川:服をつくる時は、自分が着たい服だったり、こういう服を着て欲しいなという気持ちだったり、いろいろな思いが混ざり合っています。例えばスリランカに行ったら、それをテーマにした服をつくりたいと、ジャングル柄をつくったり、いろいろと試すんですね。
ものづくりは、アイデアを具現化する段階で協力してもらう人たちによって変化するし、それを着る人によっても、変わる。同じ形の服でも、着る人が100人いれば、100通りの違う装いになります。だから、服は着る側が自由に選べて、自分を表現できるコミュニケーションツールのようなものだと思っています。着る人次第で、予想外の方向に表現されて、面白い服になったり。自分が思いもよらなかった、お客様とのコラボレーションが生まれたりしますね。

前田:それは洋服の面白さですよね。
文章も、ものによって、読んだ人それぞれの物語として受け取られますけど、ファッションはそれが目に見えてわかるっていう。

廣川:そうですね。びっくりするようなコーディネートで着てくださることもありますし。自分が意図しなかった、新しい発見があります。

前田:廣川さんのスキンシリーズは、初めて見た時にとても驚きました。人の体型によってどんどん服の表情も変わるように感じますが、どういうきっかけで生まれたのですか?

廣川:学生時代は布を買って、裁断して、立体のボディに合わせて縫製して、できあがり、っていう流れで服をつくっていました。でも、服づくりが全部ルール化しているというか、同じ製法で服ができていると感じていて。違う服のつくり方があってもいいのにと思っていました。
社会人になって、ニットのデザイナーになり、よく伸びる素材を扱っていたので、無縫製の機械に出会った時、これは皮膚みたいな服がつくれるかもしれないなと思ったんです。ファッションの世界には「第二の皮膚」という言葉があって、デザイナーは誰しも皮膚みたいな服を最終的に表現してみたいというところがあると思います。私も同じ思いがあったので、自分なりの第二の皮膚をデザインしました。
人ってそれぞれ人の数だけ個性があって、私とエマさんも違うし、人種もあれば性別もあって、肌の色もちょっとずつ違う。だけど人間には共通点もあって、骨があって筋肉があって手があって足がある。そして、それらを全部包むのが、皮膚。皮膚っていうのは面白い共通点だなと。文化も言葉も国によって違うけれど、皮膚は共通言語。そこをインスピレーションの源として考えると、民族服じゃなくて、「世界服」のような世界共通の服がつくれる。これはきっと皮膚みたいな服だと、スキンシリーズを思いついたんですよね。無縫製の機械でつくると本当に皮膚みたいで、縫い目もないし、着心地もいいだろう、そういう考えでつくりました。今日も着ています。

前田:なるほど。確かに地球の服という感じで、皆、着られますね。

PROFILE

  • SOMA DESIGN /​ ​クリエイティブディレクター /​ ​デザイナー
    廣川玉枝

    2006年「SOMA DESIGN」として活動開始。同時にデザインプロジェクト「SOMARTA」を立ち上げる。同年「身体における衣服の可能性」をコンセプトにボディウエアシリーズ”Skin”を発表。2007年S/Sより東京コレクション・ウィークに参加。第25回毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞受賞。
    Canon[NEOREAL]展(2008 Milano)/ TOYOTA [iQ×SOMARTA MICROCOSMOS]展(2008 Tokyo)/ Mercedes-Benz [SOMARTA x smart fortwo “Thunderbird”] (2012 Tokyo)にてインスタレーション作品を発表。
    YAMAHA MOTOR DESIGNとのコラボレーションで電動アシスト車いす[ 02Gen-Taurs(タウルス) ](2014)を発表。京都の友禅染、西陣織老舗との協業により新時代の和装をコンセプトに[Kimono-Couture](2014)を発表。ASIAN COUTURE FEDERATIONのメンバーに正式加入(2014)。国内外初の単独個展「廣川玉枝展 身体の系譜 -Creation of SOMARTA-」(2014 Tokyo)を開催。SOMARTAのシグニチャーアイテム”Skin Series”がMoMAに収蔵され話題を呼ぶ(2017)。
    WIRED Audi INNOVATION AWARDを受賞(2018)。

  • 「SPINNER」編集長 /​ ​モデル
    前田エマ

    1992年神奈川県出身。東京造形大学在学中からモデル、エッセイ、写真、ペインティングなど幅広い分野での活動が注目を集める。現在は雑誌、WEB等でアート・服など様々なジャンルをテーマに連載を担当している他、ラジオパーソナリティも務める。

  • 空気の日記
  • エマらじお
  • 交換日記 凪
  • utakata
  • Spiral Schole
  • 妄想ヴォイスシアター
  • アトリエおよばれ
  • TEXTILE JAPAN FOR SPINNER
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