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DIALOGUE

2020.04.08

藤澤ゆき×小林エリカ

  • 対談:藤澤ゆき・小林エリカ
  • テキスト:上條桂子
  • 撮影:深堀瑞穂

美大の学生時代から自身のテキスタイルレーベル「YUKI FUJISAWA」を立ち上げ、アートピースとしての服作りを行うことと並行して舞台の衣装デザインや企業へのデザイン提供など幅広い活動をする藤澤ゆきさんと、父親の日記とアンネ・フランクの日記を携えて旅に出た代表作の小説『親愛なるキティーたちへ』や放射能115年の歴史を紐解きながら国や時代を超えてそこに関わってきた人たちがどう“見えないもの”と対峙してきたかを描いた漫画『光の子ども』を発表しつつ、現代アーティストとして同じ問題意識と向き合う作品を発表し続ける小林エリカさん。一見幅広い活動をしつつ芯を持った2人が考える軸とは。

なかなか難しいですよね。お二人とも作品の中で「見えないもの」を扱っています。お二人が「見えないもの」に興味を抱いたきっかけについて、お聞かせいただいてもいいですか?

藤澤:大学でテキスタイルを学んでいた時に、布について調べてみたら、布って人間が生まれた時には産着に包まれて、死ぬ時は死装束を着る。布は生まれてから死ぬまでその人に関わっていて、人間の一生にずっとついてくるものなんだと知りました。そんな布をこの文明の時代に手作業で織るというのはどういうことだろう、と。千人針とか刺し子にもあるように、布に針と糸を通すことは、目に見えない思いを一枚の布に込めるような行為でもあるなと思ったんです。

卒業制作では自分の家族をテーマにしました。目に見えないもの、その時は家族の中に対し愛情が本当にあったのかという不信感があって。小さな頃に親が離婚していることや、兄の写真はたくさんあるのに私の写真はあまりないこと、それは私に対して愛情がなかったのではないかと思って。そこで、自分への愛はどこにあったのかを探そうと思いました。

小林:興味深い作品ですね。どんなものを制作されたんですか?

藤澤:手元にあった数少ない私の写真をスキャンして、それを1枚ずつ布にプリントし、レイヤードしていく作品を作りました。自宅を探してみたら、押し入れの奥の方から整理されていない写真が出てきて。今だったら不要な写真はデータで消してしまっていると思うんですが、昔はフィルム写真なので同じような写真が何枚も撮られていて。ちょっとした角度違いとか、表情違いとかで何枚も撮影されていて。その一枚一枚の写真に残されている痕跡を、私が布に移していくことで、そこにあった愛をすくい上げられるんじゃないかと。この作品を制作していた時期に、目に見えない感情を、手作業を介すことで作品に宿すことができるんじゃないかと思えたのです。それは、私の手作業を通したものが、誰かが身に纏った時に、その人の勇気になったりするような。それがスタートでした。

小林:すごくいい話ですね。古着にゆきさんが手を加えるNEW VINTAGEのシリーズも同じような思いでやっていらっしゃるんですか? 誰かが着ていた洋服にゆきさんの“今”の思いが加わって、さらに未来の誰かが着る洋服になるというのは、素晴らしいことだなと思います。

藤澤:NEW VINTAGEはちょっと違った気持ちで取り組んでいます。実は大学生になるまで、古着を着たことがなかったんです。誰かの痕跡が怖くて、距離を置いていたんです。その皺とか傷跡、匂いも生々しいというか。その服には持ち主がいたという、当たり前のことが怖くて。でも、その服を作った人が過去に存在してて、ヨーロッパのどこかで作られたはずなのに、渋谷の古着屋にある。最初にその布を織った人はその末路を想像もできませんよね。そんな途方もない経過を辿ってきた古着が、私のアトリエに来て金ピカになるなんて!
そして新しい持ち主の元へ、予期せぬ場所に流れ着く。私はそのお手伝いをしている感覚ですね。

小林:私の作品のベースにも家族があって、なぜ私がいまここに生きているのかを知りたいと思ったのが始まりです。自宅で見つけた父親の日記とアンネフランクの日記を持って旅をするという『親愛なるキティーたちへ』という作品を作ったんですが、父親って私が子どもの頃から父親で、何十年も一緒に暮らしてきたのに自分はその人の過去の時間を知り得ないということに気付いたときに結構衝撃を受けて。こんなに親しい父親なのに、その人が語り得ないこともあるし、私が知り得ない時間や気持ちが膨大にある。そう思った時に、それをどこまで想像することができるのかなと思った。そこが作品づくりの根源にあります。どれほど身近な人の中にもある遠さみたいなものを、自分はどこまで書くことができるだろうかというのがずっとやりたいことな気がします。

藤澤:『親愛なるキティーたちへ』読みました。エリカさんの書く小説は、優しいだけじゃなくて、その中に確固たる強さみたいなものがあると思います。私もアムステルダムに行ったことがあるんですが、アンネ・フランクのミュージアムにも行って、彼女のことを知っていくと、目を背けたくなるような部分もたくさんある。でも、エリカさんはしっかり目を開いて見ている印象です。
その興味の根源はどこから沸いているんでしょうか? 小学生の頃から好きだったアンネ・フランクへの興味が持続しているってすごいなと思います。

小林:性格がしつこいのかもしれません(笑)。あとは、勝手な使命感があるというか。父が80歳だったときに、父がアンネ・フランクと同じ歳の生まれだったということを知りました。その時に、本の中のアンネ・フランクって常に少女なんだけど80歳のおばあさんになっていた可能性があるということに気付いて。なんでアンネの日記は15歳までしかないんだろう。私は、おばさんになったアンネの日記や、おばあさんになったアンネの日記を読みたかった!って切実に思ったんです。なので、その“ない部分”を探し続けているというか。自分のなかで本を読むことというのは生きる指針を探しているようなところがあって、15歳から先が見えないというのがすごく自分の中でショッキングだったんです。15歳から先のアンネの日記が読めないっていうことが、死んじゃうっていう、生きていないっていうことなんですけど。そこをずーっと考え続けていて、でも答えが出ないから永遠にやっていくことになるんだろうと思います
あとは今、この瞬間に自分が生きているっていうことを書き留めたい。それは私自身だけのことではなくて、血縁だけじゃない偶然出会った誰かのこととか、私がたまたますれ違った誰かとかもふくめて。私、電車で乗り合わせてちょっとだけしゃべった会話を何十年後に思い出したりするようなことが、すごく好きで。それぞれ違う知らない過去を持った人とたまたま居合わせる瞬間みたいなものに興味があります

藤澤:たまたま交わる瞬間っていうのは、すごくよくわかります。私も興味があります。

小林:そうした偶然のものがゆきさんのところに届いて、その上にゆきさんの今がプリントされたり手縫いしたりして他の人のところに行く。ゆきさんは箔をよく使っていますが、その理由は何ですか?

藤澤:箔はいろいろ試していくうちに定着したんです。古着は年月を経ているのでダメージがありますよね、その傷に箔押しをしたら、傷あとも隠してお直しにもなる。新たなひかりを宿す、うつわの金継ぎみたいだなと感じました。

小林:傷も含めて作品になっていくというのはすごくいいですよね。歴史が積み重なっていくようで。私も箔が大好きで作品によく使っているんです。作品では放射線量の数値を描いた横に銀の箔を使うんですけど、銀の箔は酸化のスピードが早くてあっという間に色が変わっていくんですが、放射性物質の半減期って、ものによっては人間の生を遥かに超えてものすごく長いものもある。時間を目に見えるかたちにできるから面白いなと思っています。

藤澤:エリカさんの作品も時間とともに変わっていくということなんですね。

小林:西洋絵画というのは、変わらないということが価値のひとつになっていますが、私はむしろ変わっていく方が好きで、紙も和紙を使ったり箔を使ったり、時間とともに変化していくのも込みで作品にできたらと思っています。

結婚したり子どもが出来たりと環境が変わることとものづくりということで、小林さんは作品の中などでも言及されていらっしゃいますが、藤澤さんも考えられますか?

藤澤:ちょうど周囲のクリエイターの中でも子どもを産む人が増え始めているんです。もちろん結婚しない、子どもは産まないって決めている人もいるし、それぞれだなと思っていて。自分は家族が増えたらいいなと思っているタイプなので、どういうタイミングが良いのか考えますし、いろんな人のそういったインタビューも積極的に読んでいます。

小林:悩みますよね。

藤澤:休んでも誰もお金をくれないし。

小林:そうなんですよ!(笑)ほんっとに。

確かに。20代は、自分の仕事ができるようになるまでで疾走するように終わって。30代は、やっと仕事が楽しく充実し始める頃ですもんね。藤澤さんはその次の段階に来ているっていうことなんでしょうね。

藤澤:まさに今そのタイミングです。基本的にアトリエで私一人で作品を作っているんですが、最近求人を始めました。私が手作業をする一点ものと信頼のできる工場さんとで一緒に作っていける商品でラインを分けていこうと計画していて、それを手伝ってくれる仲間を募集しているんです。今年出会えたらいいなと、気長に探しています。また、昨年、原美術館でワークショップを開催したんですが(『 ““1000 Memories of” 記憶のWorkshop』by YUKI FUJISAWA)、元シアター・プロダクツの金森香さんがプロデューサーとして入ってくださって、すごくいいチームワークでできました。そういった大きな催しの際は外部の方々と一緒に作り上げています。

小林:すごくしっかり考えていらっしゃるんですね!原美術館のワークショップも、写真でしか拝見できていないのですが、すごく素敵そうでした。そういう試みをされていくと、さらに可能性は広がりそうですね。

では、最後にもう一度お二人の軸についてお聞きしたいんですが、軸ってどんなものだと思いますか?

小林:自分に誠実であること、でしょうか。作品を作っている時に、もっとこうしたら求められるものになるんじゃないかっていう欲が出たりした時は、しっかりと自分の声を聴いて、自分がやりたいことをちゃんとやろうとは思っています。すごく難しいんですが、そこだけはブレないようにしていきたいなと。

藤澤:その先を想像することを忘れない、かな。自分がもし受け取り手だったらといつも想像しながら作っています。お店のラックに並んでいた時に思わず手にしてしまう力が本当にあるだろうかとか、今日は大切な日だからこの洋服を着るぞって思ってもらえているかどうかという問いかけをしています。「あ、時間がないからここで終わり!」ということは、絶対にしないように。本来あるべき場所でないところにいる奇跡を、生かすも殺すも自分次第で、次の人のところではできるだけ永く愛されて欲しいなと。軸をひと言でいうと難しいんですけど、たどり着くその先を思いやりながら、時間の経過を受け入れてもらえるものづくりを、これからも続けていきたいです。

(対談:2020年3月実施)


対談後、藤澤さんのアトリエにお邪魔しました。
エリカさんは黒いスカートを箔でお直し。とても嬉しそうにされていました。

PROFILE

  • テキスタイルデザイナー
    藤澤ゆき

    2011年より活動をスタートしテキスタイルレーベル「YUKI FUJISAWA」として始動。2019年には原美術館で新作プレゼンテーションを発表。

  • 作家・マンガ家
    小林エリカ

    小説『トリニティ、トリニティ、トリニティ』『マダム・キュリーと朝食を』(芥川賞、三島賞候補作、ともに集英社)、“放射能”の歴史を辿るコミック『光の子ども1~3』、実父とアンネ・フランクの日記をモチーフにした『親愛なるキティーたちへ』(ともにリトルモア)。展覧会に『His Last Bow』(Yamamoto Keiko Rochaix)、『話しているのは誰?現代美術に潜む文学』(国立新美術館)など。

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