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2020.06.27

第1回 2018年7月8日 開催

ケンチクトークセッション「都市のパブリックをつくるキーワード」後編

  • ゲスト:乾久美子
  • ファシリテーター:川勝真一

建築家が公共的な建築に取り組むとき、どんなことを考え、何を理想としているのでしょう。2018年からスパイラルが主催する連続講座では、建築リサーチャーの川勝真一さんをファシリテーターに、実際に各地の公共建築の設計に取り組んでいる建築家をお招きし、実践を通した思考にふれるとともに、これからの都市に求められる公共空間を考える上でのキーワードを探っていきました。
第1回目は2018年7月8日に乾久美子さんをゲストに開催。研究室の学生と共に取り組んだ全国のリサーチプロジェクト「小さな風景からの学び」や、当時取り組んでいた宮崎県の「延岡駅周辺整備プロジェクト」など、多くの事例を介して、「パブリック」を考えるヒントを投げかけてくださった講座の模様を前編・後編にてお伝えします。

【質疑応答】

質疑:使う人の主体性とはなんでしょうか。

川勝:商業空間において消費者である私たちは主体性や自主性といったものとどう関係できるかいうことですね?

乾:例えば商業施設に入ったとき、我々はお客さんになるので主体性はほぼゼロになりますよね。用意された空間を消費する主として位置づけられる。商業空間はそのようにつくられているし、そこに入った途端にお客さんである我々もそう振る舞うし、お店を運営する人もそういう振る舞いを求めますよね。

川勝:過剰に消費者であることを表象してしまうと。

乾:商業空間というものは、私たちの振る舞いを規定するようにつくられてきました。それに対して、私が言っている主体性は、誰かがつくってくれたサービスを受ける側に自分を位置づけるのではなく、自分もまたサービスをしたいというように振る舞えるかどうかということですね。
例えば、先ほど事例として紹介した羽根木プレーパークでは、勝手に穴を掘ってもいい、小屋をつくってもいい。でも、その小屋をつくる、穴を掘ることは自分のためだけなのかというと、もしかすると人を楽しませるためにやっているかもしれない。小屋をつくって友達を呼ぶ、あるいは全然知らない子がその小屋で遊んでいるのを見て楽しい気持ちになる。突然、受動的な立場ではなくて、人を楽しませる主体として自分が反転するようなことが起こり得るのですよね。そういうことが一番重要だと思っていて、自分が提供する場に、自由を提供する側にまわれるかどうか。それがコモンズを考える上で非常に重要なキーワードではないかなと思います。
実は延岡では最初、施設を100%市民で運営しようとしていました。市民活動団体に指定管理を委託して、公共施設を運営してもらおうと思ったのですが、途中で断念しました。いいところまでいったんですが、結局市の判断がつかなかったので、結果として商業者ともいえるCCCが登場した。ただ、商業的な主体だからダメということではないのです。CCCのスタッフの動きを見ていると、まちづくりに対してとても真剣なんですよね。店長になった方はオープンの1年も前から延岡に移り住んで、自分を地元民化して、市に何があるかをどの延岡市民よりも知っているようになっていて。それは見上げたものだなと思いました。つまり商業者も、自分たちがお客さんをお客さんとしてだけ固定してしまうような商売なんてもうダメだ、危ないと考えているのかなと思います。CCCのスタッフの方々の動きを見ていると、そういった意味でもお互いが近づきつつあるんじゃないかなと思っています。

川勝:市民活動が行われるような、余白みたいなものが残されているってことですか?

乾:もちろん。TSUTAYA図書館とかだと活動スペースが余白に当てはまります。代官山蔦屋書店だと活動スペースはほとんどないのですが、延岡はもっとガバガバにスペースをあけていて、市民活動団体がたくさんあるので、そこでいろいろなことをやってもらえる状況をつくっていますし、CCCのスタッフもそういう方々にアプローチをかけて、継続的にイベントをやってもらっています。

質疑:完成してしまうと管理者に委ねられて、最初のコンセプトがどんどん薄れてしまい方向性が変わっていくのは良いことなのでしょうか?

乾:私は建築家として、基本的にそれが成長なのであればいいなと思っています。それが退化であればちょっとまずいんじゃないですかって言いに行きますけれども、良い方向に成長する分には建物の使い道が変わったり、増築があっても構わないと思っています。
例えば延岡で、どんどん商業施設化していったほうが良いとなった場合、私は反対します。やり方によりますが、地方都市では、人の位置づけを固定してしまうような商業施設はやめた方が良いと思っています。

川勝:場やコミュニティのアイデンティティをどう捉えるかですね。アイデンティティに過剰な期待を持ちすぎると、それに固執することになって、排除を生んだり、変化を嫌うようになります。コミュニティを持続するにはこのアイデンティティの元になるような核となる価値が必要で、それはコモンズにとっても同じかもしれません。一方で、パブリックはそういうものがなくてもいい。パブリックには、そうした価値の共有がなくても許される空間の質みたいなものがあるのではと思いました。

乾:今の指摘からすると、私はコモンズ寄りですね。とあるメンバーが、とある何かを所有するという類のことを今日は強調して話をしたので、それだと閉じたコミュニティのための「何か」なんじゃないかっていうのが川勝さんご指摘ですよね。そういった意味では今日の話題提供は、都市のパブリックを語る上では足りない部分があるのかなと思って聴いていました。
延岡の事例では、なぜ本を中心につくったんですかと質問された方がいます。これはとても鋭い指摘で、市民ワークショップでいろいろな機能を決めていったんですが、図書をたくさん入れたいという意見はそれほど多くなかった。それでも図書を中心にしたのは、市民ワークショップに出てきてくださる方は、やっぱり意識的な、やる気のある市民なんですよね。でも、それは延岡市民の中で数パーセントの意見でしかないから、その人たちだけの意見でつくるとやっぱり危ない。それは市役所側もよく理解していて。
「サイレントマジョリティ」という言葉があるのですが、ものを言わない大多数の人たちは市民ワークショップに出てこない。でも、その人たちの気持ちをどこかで代弁しないと結局は使われない施設になってしまう。サイレントマジョリティに対して魅力的な施設とは一体何だろうと考えた時に、やはり図書館みたいに基本的に誰でも来ることができて、閉じたコミュニティに属さない人でも入れるような余裕が欲しい、となった。それで、万人に開かれた図書がふさわしいだろうと決定された経緯があります。川勝さんのおっしゃられたパブリック性みたいなものは、延岡の施設においては、半分図書館であるというところで担保されていて、それに対して一時的に、ある閉じたコミュニティみたいなものがその中で生まれているという、コモンズとパブリックの中間の状況が延岡で起こっているのだと思います。

川勝:これまでのお話や参加者の方のご意見も踏まえて、パブリックスペースを考える上でのキーワードとして乾さんが選びたいものはありますか?

乾:私は空間に関する設計をやっていますので、空間の可能性、つまり空間に余白があるがゆえに使い直せるということが非常に重要なんじゃないかと思います。「使い直し」が1つ重要なポイントですね。また、自分の設計に「余白」を残しておきたいとも思いますし、都市を考える上でも、余白になったものをどう使い直すかが重要なことだと思います。

川勝:設計される時に、余白性が生まれるようなつくり方を普段から意識されているということですが、例えば住宅の時も意識されていますか。

乾:それはもう余白だらけで。あまり決めたくないですからね。決めたくないというか、施主さんにとって面白く使いこなせる余裕という意味でもあります。あと、そうした余白の存在を含めて、その物理的環境に共感を得られるものになっているかどうか。「共感」はとても大切な意識だと思います。あとは、「多様性」とか「寛容性」もキーワードになる。使い直しも含めて、日常的な活動をおおらかに何かを受け入れることができることが必要だと思っています。

川勝:それは建築だけでなく、人もそうですね。

乾:人もメンタリティもそうですよね。

川勝:「余白の使い直し」というキーワードが出てきましたが、そのためには「共感」や「寛容」ということが空間の質として感じられることが大切なのだと改めて感じました。そういう目線で公共空間を見ていきたいと思います。
必ずしも悪いことではないですが、「公共」についての語り口や語彙が、昔とあまり変わっていない。こうして新しい語彙が増えると、そこから生まれる考え方に影響してきます。今回のように、公共を語る上での新しい言葉にいろいろと出会えて良かったです。本日はお忙しい中、乾さんありがとうございました。

※本テキストは2018年7月8日に開催されたスパイラルスコレーの講座「ケンチクトークセッション『都市のパブリックをつくるキーワード』」の内容を、ウェブ用に一部編集・改変の上、掲載しています。


スパイラル開館30周年を記念し、2015年4月にスタートしましたエデュケーションプログラム。本プログラムでは、アーティストや研究者など経験豊かなプロフェッショナルを講師として迎え、様々なニーズに合わせた講座をスパイラルの9Fにて実施しています。

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PROFILE

  • 建築家
    乾久美子

    1969年大阪府生まれ。92年東京芸術大学美術学部建築科卒業、96年イエール大学大学院建築学部修了。96~2000年青木淳建築計画事務所勤務。00年乾久美子建築設計事務所設立。00~01年東京芸術大学美術学部建築科助手、11年東京芸術大学美術学部建築科准教授、16年横浜国立大学大学院Y-GSA教授。08年新建築賞(アパートメントI)、10年グッドデザイン金賞、11年JIA新人賞、12年BCS賞(日比谷花壇日比谷公園店)、12年第13回ベネチア・ビエンナーレ国際建築展「金獅子賞」、15年日本建築学会作品選奨(Kyoai Commons)、17年日本建築学会作品選奨(七ヶ浜中学校)。

  • RADディレクター/建築リサーチャー
    川勝真一

    1983年兵庫県生まれ。RAD(Research for Architectural Domain)ディレクター、オフセット共同代表。京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。同大学院工芸科学研究科博士後期課程単位取得退学。建築に関する展覧会のキュレーションや出版、市民参加型の改修ワークショップの企画運営、レクチャーイベントの実施、行政への都市利用提案などの実践を通じ、 建築と社会の関わり方、そして建築家の役割についてのリサーチをおこなっている。現在、大阪市立大学、京都精華大学、摂南大学非常勤講師。

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