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2020.06.27

第1回 2018年7月8日 開催

ケンチクトークセッション「都市のパブリックをつくるキーワード」後編

  • ゲスト:乾久美子
  • ファシリテーター:川勝真一

建築家が公共的な建築に取り組むとき、どんなことを考え、何を理想としているのでしょう。2018年からスパイラルが主催する連続講座では、建築リサーチャーの川勝真一さんをファシリテーターに、実際に各地の公共建築の設計に取り組んでいる建築家をお招きし、実践を通した思考にふれるとともに、これからの都市に求められる公共空間を考える上でのキーワードを探っていきました。
第1回目は2018年7月8日に乾久美子さんをゲストに開催。研究室の学生と共に取り組んだ全国のリサーチプロジェクト「小さな風景からの学び」や、当時取り組んでいた宮崎県の「延岡駅周辺整備プロジェクト」など、多くの事例を介して、「パブリック」を考えるヒントを投げかけてくださった講座の模様を前編・後編にてお伝えします。

「都市のパブリックをつくるキーワード」前編はこちら

乾:後半では、宮崎県延岡市の駅の公共施設を紹介します。宮崎県の北の端にある延岡市は、旭化成の企業城下町といえます。大きな工場があり、その先にある延岡駅周辺が中心市街地として以前は大変な賑わいだったそうです。しかし、他の地方都市と同様に、いわゆるまちづくり三法の失敗によりロードサイドにいろいろなお店ができて、小さな駅前の個人商店は壊滅的な打撃を受けてしまった。延岡市も多くの地方都市同様に、街の衰退を味わっています。
市の全体が経済的に衰退しているわけではないけれど、とにかく街を歩いていて賑わいが全く感じられない。要するに暮らしていても楽しさが見えてこない、生きがいが見えてこないわけです。そういう街ではまずいと、延岡市役所の方や市民の方々が議論をしていく中で、駅前を盛り上げ直したいと決まったそうです。その後、プロポーザルが行われ、建築家に相談しながら考えるような立場として、私の事務所を選んでいただきました。
当時、多くの地方都市において、まちづくりを期待してできていたのが駅前に中層の商業施設をポンとつくることで、それらがことごとく失敗していることがすでにわかってきていました。そうした先行事例を知るなかでスタートを切ったので、市民の方々も、市役所の方々も、単に駅前にテナントビルをつくってもダメだ、じゃあ何をしようっていうところから話が始まりました。
議論には、私たちの他にコミュニティデザイナーの山崎亮さんも関わっていました。そして、駅という交通利用者がいる場所に、市民活動の場をちりばめていくといいんじゃないか、ということが概念的に決まっていきました。こうした状況を「まぜごはん」とか「ちらしずし」などと呼んで関係者と共有したのですが、下敷きにあったのは、山崎さんらがすでに取り組んでいた有馬富士公園のパークマネジメントの仕組みや、空間的に参照したのは地方都市のデパートの使い直しの事例です。
山口県徳山市の周南駅前のかつてデパートだったビルは面白い事例でした。市が買って公共スペースとして使い直しているパターンです。地方都市の駅で電車の本数が少ないので、学生が待ち時間に宿題をする場所として使われていたり、駅前という便利さから、特に用事がなくても人々が集まる場所になっていて、名前がつけにくい施設ですが、とにかくよく使われていたのです。こうした山口のような事例から、先程の「まぜごはん」という考え方に可能性があるのではと話しました。さらに、駅を高層化してもまちづくりとしての効果が薄いと思ったので、意識的に低層化して、駅の利用者とそうじゃない人たちが自然に交わってしまうものをつくろうと決めていきました。
具体的な形を決めるきっかけとなったのは既存の駅舎です。既存の駅舎は、1960〜70年代にJRが駅舎をRC化(鉄筋コンクリート化)する時に採用された標準的な設計そのものですが、アンケートをとると駅舎に愛着がある人が多いということがわかった。無碍にこれを建て替えたりするのはよくないと思いまして。もともとあった既存の駅舎を増築するような、これと似た空間のつくられ方をするものを追加しようと。駅の利用者以外の人たちも来られるような面積を増やすと良いのではないかと、みんなで話し合って決めていきました。
具体的には、ロータリーの奥行きを圧縮して、駅舎とロータリーの間になんとかスペースを空けて、そこに人が集まる複合施設を配置しています。周辺には宮崎交通というバス会社のオフィスや交番も再配置しています。様々な主体を巻き込みながら、駅前を再整理しているわけです。
こういうプロジェクトは、経験をする中で、形だけの問題ではないと思うようになりました。我々建築家は、形に責任を持たなくてはいけないのですが、こうした街に公共空間をつくる時、表面的なデザインは一旦置いておいたほうがいいようなところがあります。それよりは、そもそも何をやるべきかを整理したほうがいいといいますか。例えば、私がプロポーザルで提出した1枚のプレゼンシートは建築のデザインは提出しませんでした。プランも全くつくりませんでした。かわりに、ここで何が起こるべきかを、全て言葉で書きました。戦略的にそうしたわけではなく、拙速に形を求めるのはおかしいなと素直に思って、そのタイミングでは言葉でしか表現できないと感じたからです。その内容に共感をしてくださる方が多かったのは印象的でした。
このプロポーザルの後に先程のような概念をつくったのですが、駅前に何かをつくる、しかしテナントビルではない、テナントビルじゃないとしたら何なのだということは全く決まっていないといような、珍しいプロジェクトだったわけです。設計の前に基本計画という仕事がありますが、それに近い。通常は都市コンサルが行う仕事ですが、それをやっていた感じです。
そうした業務を行なうにあたり、延岡市の設計士の方々と一緒に全国の施設を見て回りました。その中で、2000年以降、「パブリックスペース」のバリエーションが様々に広がっていることがわかってきました。大きさ、所有、運営主体などはバラバラですが、街の中でみんなが集まるスポットになっている点が共通項だとわかりました。調べて、模型をつくってなどをしながら、そのバリエーションを知るのは非常に面白かった。そんなことをしながら、この延岡駅にどんなものをつくればいいのか、まとめていきました。
その間に計6回くらい、山崎さん主導のワークショップも行い、延岡市の方々の様々な意見を聞きました。カフェ的な場所が欲しいとか、市民活動が自由にできる場所が欲しいとか、本を読む場所が欲しいといった市民のニーズが浮かびがってきました。事例がわかって、市民のニーズがわかっていく中で、どういう規模のどういうプログラムのものをつくればいいかということを、より具体的にしていきました。結果として、本を中心として様々な活動が展開していく場所をつくろうということが決まりました。誰に運営してもらおうかという段階で、途中、市民がつくる団体で運営することも検討するタイミングもありましたが、運営の安定度を考え、ある程度の実績のある指定管理者をプロポーザルで求めることになり、結果としてCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)さんにきていただきました。CCCさんは武雄図書館をはじめとする地方都市のニーズをかなり的確に読み取っていたということと、延岡市の市民が欲しいと思っていたことが合致したと思っています。
その他の部分の設計もまた大変で(笑)延岡市やJRさんなど施主がいっぱいいる。JRの駅舎も一部取り壊して耐震改修する、駅の跨線橋をつくり直す、東口に行く自由連絡通路をつくりなおすなど多様な計画を五月雨式に進めなくてはいけません。交番の再配置については県警の方々と議論したりと、駅前に集合する様々な施主さんの要求に応えていかなくてはいけない。駅前というのはひとつの主体で所有・運営されているのではない、しかし目指すのは「駅前」という一つの経験です。別々のものが別々のままでは、駅前の居心地は向上しないだろうということで、みんなで協力しながら、全体がひとつの居心地を感じさせるものを目指し、空間が「共有財」であるということを感じられる場所にしたかったのです。
工事はよりいっそう大変です。発注者がバラバラですので、工事もバラバラに進んでいくわけで、それをうちの事務所で必死にコントロールして、情報の共有や、これまでの議論から外れた工事がでてこないかを見守っていきました。なかなか難しい仕事なのですが、とにかくどうやったら一体的な空間としてシームレスに経験できるのかを必死に考えて、整えていきました。

乾:複合施設は本棚がならぶ中に様々な場があります。気をつけたのは、蔦屋書店という全国区を相手にするCCCという指定管理者の雰囲気が強くなってしまわないようにすることです。商業施設としての味わいが強くなると、市民が受動的になってしまう。せっかく丁寧に市民ワークショップを繰り返すことで、市民の自主性の力がついてきたことの意味がなくなってしまうのではいかと思ったからです。こうした共有スペースを考える時、そこを使う人の主体性をどこまでキープするか、自主性をどこまで引き上げていくのかが非常に重要な問題です。そのことが、場所の持続性に直結すると思っています。
内装はCCCさんのベテランのインハウスデザイナーの方が担当したわけですが、ひとつだけお願いしたのは、商業的な感じを薄めてもらうよう、明るい色にしてもらったことです。それにより、市民活動という完成を目ざすのではない活動にふさわしい雰囲気が生まれることを期待しました。
また、私たちの建築のほうでは、できる限りインテリアに閉じこもった感じにならないようにすることを努力しました。あらゆる方向に開口部があって、そこから延岡の地方都市らしい景観が見える。商業的にコントロールされた夢のような空間だけでなく、延岡の空間とセットとなった、新しい地方都市の生活のスタイルが、みずみずしく感じるようなことを考えました。

とりとめもなく話題提供したのですが、「小さな風景」においては普通に歩いていれば観察できうる、公共ではなく、民間でもない中間をいく空間をいろいろ調べた事例を紹介しました。延岡の事例では、いわゆる公共施設ではありますが、プログラムのつくられ方、運営のされ方、利用のされ方がこれまでの公民館のような公共施設とは違ってきている事例として見ていただけたらと思います。

川勝:ありがとうございます。たくさんのキーワードがでてきました。最初に「所有」と「管理」の軸で整理していただきましたが、「プライベート」と「パブリック」で分けていく中で、その中間となる「共有」や「コモンズ」がどういう位相にあるか、しっかり見直すことがすごく大事だと思いながら聞かせていただきました。
最近、コミュニティや共同体の必要性が議論されていますが、その時に機能論的に語るとよくないと考えています。例えば、人々がつながるための機能を期待してコミュニティが大事だと言うと、「だったらつながらなくていいや」という人が入ってこれない。昔ながらのコミュニティは、機能ではなく、そもそも世界そのものというか、生きることとコミュニティを分けることができなかったと思います。自分の家を開く事例についても、その機能を重視するだけではなく、家を開いて街と一緒に生きること、そのことを楽しめる人がやっているのかなと思います。自分が生きている世界と一体化できるような感受性に重きを置くことが大切ではないでしょうか。

乾:結局、「コモンズ」とか「コミュニティ」って何なのかな?っていう話がありますよね。

川勝:「コモンズ」というのも時間の中で変動していくので、いかに生み出し続けていくのかという話ですよね。

乾:川勝さんがおっしゃられた機能論的に語ると難しいという話についてお伝えしたいことが一点あって。私も、家開きをすることを、機能論的に語るのはまずいと思います。私たちは思考回路が近代化されてしまっているので、機能論的に思考しがちです。「コモンズ」とか「コミュニティ」を語る時の難しさはそこにあって、単純な機能論では説明つかない問題があると思います。
例えば、井戸を近所の人たちが掃除して、きれいに使い続けていたり、とある集落が近くの里山を全員で使って、ちょっとずつ材を切りながら資源が枯渇しないように使い続けていたりというような、「コミュニティ」と「コモンズ」が常にセットで持続的に運営されていく事例を、どうやって近代的なマインドセットの中で評価できるのかというのが問われているのかと思います。
そうした難しさに対して、エリノア・オストロムというノーベル賞を取った経済学者が研究しています。オストロムはゲーム理論という、何をやれば最も合理的なのかというようなことを数値的に論証する手法を用いて、いわゆる井戸や漁場、里山みたいなタイプのコモンズとコミュニティの関係がコモンズの運営管理に有利であるということを論証しています。研究者は近代的に構築された思考回路をつかいながら、かつて我々人類がつくってきた共有の仕組みが一体何であるかという論証を試みているのかと思います。オストロムによると、「コモンズ」と「コミュニティ」には違いがあるのではなく、連関しながらお互いを補っていく関係性だということですね。

PROFILE

  • 建築家
    乾久美子

    1969年大阪府生まれ。92年東京芸術大学美術学部建築科卒業、96年イエール大学大学院建築学部修了。96~2000年青木淳建築計画事務所勤務。00年乾久美子建築設計事務所設立。00~01年東京芸術大学美術学部建築科助手、11年東京芸術大学美術学部建築科准教授、16年横浜国立大学大学院Y-GSA教授。08年新建築賞(アパートメントI)、10年グッドデザイン金賞、11年JIA新人賞、12年BCS賞(日比谷花壇日比谷公園店)、12年第13回ベネチア・ビエンナーレ国際建築展「金獅子賞」、15年日本建築学会作品選奨(Kyoai Commons)、17年日本建築学会作品選奨(七ヶ浜中学校)。

  • RADディレクター/建築リサーチャー
    川勝真一

    1983年兵庫県生まれ。RAD(Research for Architectural Domain)ディレクター、オフセット共同代表。京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。同大学院工芸科学研究科博士後期課程単位取得退学。建築に関する展覧会のキュレーションや出版、市民参加型の改修ワークショップの企画運営、レクチャーイベントの実施、行政への都市利用提案などの実践を通じ、 建築と社会の関わり方、そして建築家の役割についてのリサーチをおこなっている。現在、大阪市立大学、京都精華大学、摂南大学非常勤講師。

  • 空気の日記
  • エマらじお
  • 交換日記 凪
  • utakata
  • Spiral Schole
  • 妄想ヴォイスシアター
  • アトリエおよばれ
  • TEXTILE JAPAN FOR SPINNER
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