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連載:フィンランドの景色を通して

2021.03.16

第8回 フィンランドで子供を育てていて思うこと


はじめまして、フィンランドのヘルシンキに在住しています、星 利昌(ほしとしあき)です。
12年前の2008年、日本からフィンランドに渡り、今までやってきて気付いたこと、感じてきたこと、発見したこと、これからやっていきたいことなどをここに綴っていきたいと思います。このSPINNERを通して、フィンランドで生きる人間が何をどのように普段感じているか知ってもらいたいです。質問もしてください。

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ある日の窓の外から入る太陽の光

今現在、北欧のフィンランドという国で僕は妻とふたりの息子を育てています。5歳と2歳の兄弟です。2人は地元のPäiväkoti(パイヴァコティ)という保育園に通っています。そこでフィンランド人の子供たちに混じり、日々いろんなことを学んでくれています。長男のフィンランド語の能力はもうすでに、13年住んで学んだ僕のフィンランド語のレベルを遥かに越えています。

フィンランドの保育園で毎日どんなことをしているのかというと、9時に登園をし、外の庭園で自由に遊びます。冬場はマイナス15℃以上の気温の場合は、外で遊ぶことができるという決まりがあり、先生たちが毎日話し合って、良い判断をしてくれています。雨でも遊ぶ日があり、その後風邪を引いたりしないのかと心配になる時もあります。日本では見たことがないような防寒服を何重にも装備して、走り回ったり、雪遊びをしたりします。室内では、絵を描いたり、工作をしたり、レゴを作ったり、パズルやボードゲームをしたり、遊びの一環で色の名前を覚えたり、動物の名前を覚えたり、体育館で身体を動かしたりしています。5歳になると、少し学習が入り、アルファベットを書く練習や、迷路を解く、間違い探し、点つなぎなどをやっているそうです。昼食とお昼寝の時間もあります。

季節ごとにある行事も大事にしていて、歌を覚えたり、父の日や母の日にメッセージカードを書いてくれたり。
保育園から出て、冬場はアルペンスキーをやったり、夏場は森の中で遊んだり、集団行動も学んでいます。こうやってフィンランドの文化や自然に毎日触れ合っています。
これらを先生方がスケジュールを組み、調整しているといった次第です。毎日先生と親も顔を合わし、その日のおこったことや変わったことがなかったかを報告してくれます。そして16時に保育園での一日が終わります。

先生方もコミュニケーションをしっかりととってくれますし、面談ではこちら側の要望がなくなるまで話を聞いてくれます。

何も問題がないかのように思えていましたが、先日家での夕食中に、5歳の長男が自分の肌の色のことについて言いました。「自分の肌の色は白く見えない」と。5歳でこのようなことも感じるようになってきたかと思いました。息子たちは完全に保育園でマイノリティです。今後成長していく中で、学校に行き、その中でもマイノリティであり続けます。アジア人、日本人というアイデンティティを育てていく中で、周りとは違うものを持っていて、プラスになることとマイナスになることが出てくると思います。

そして、子供たちは自分や妻には経験がない、2言語の中での生活を生まれた時からしています。ここにも一つ心配ごとがあります。長男はフィンランド人からも現地の発音で何の違和感もなく話していると言われるくらい、フィンランド語を話します。何も不自由無く保育園で友達と遊んでいると思っていましたが、ある日このようなことを聞いてみました。保育園で先生や友達が言っているフィンランド語でわからないことはあるのか、と。これに対して、「ある。フィンランド人じゃないからわからないことがある」と言いました。家では完全に日本語で話しているので、2言語を話す分、1言語だけの生活に比べて、わからない語彙が出てくることなどがあります。そして2言語の読み書きを習得するとなると、ある程度の努力を必要とします。フィンランド語の読み書きは、フィンランドの教育を受けていく上で必須なので、これから学んでいけることではあります。学校教育以外の読み書きを含めた言語の習得は、親のサポートなしではなかなか難しい状況です。親の願望ですが、日本人としての日本語の読み書きも、文章で人に何かを伝えられるようになるくらい身に付けてもらいたいと思っています。

子供を育てていると、自分の読み書きの能力も、何の努力もなく得てきた能力だと思っていましたが、そうではないのだと気付きました。親のサポートと学校教育があって、身に付いたものだったのだと感じています。読み書きはほうっておくと、何も身に付かないまま子供は育っていくということを知ったからです。子供たちが日本語の読み書きの習得を投げ出さないように、適切なサポートをしてあげることができればと考えています。

幼少期は子供が目を合わせてほしい時に、親がちゃんと顔を見てあげるかあげないかだけでも、そのあとの感情や行動が変わってしまいます。幼少期だけではないかもしれません。おそらく、子供は親が自分のことをちゃんと見てくれているのか、無意識に確認しているのだと思います。子供が話をしている時に何気なく聞いていて、自分が息子の顔を見ていない時に、息子だけがこっちを見ていることがあります。このような目を合わせて話さないということがやがて習慣となり、当たり前とならないように、余裕を持って子供と接してあげたいです。

親になって子供を育てていて、努力をするということは、“わからないことをわかるようにすること”だと気が付きました。好きとか嫌いとか置いておいて、こんなシンプルなことだったんだと。

これまでは努力とは辛い思いをしてこそとか、我慢、忍耐をすることとか、そんな感じで捉えていましたが、そうではありませんでした。「生きていたら必ず出てくるわからないことをそのままにせず、わかるようにする。」これがやるべき努力なのではないでしょうか。そうやって努力を続けていけば自然といろんなことを学び、知恵として役に立つ能力に変わってくるはずです。辛いことから逃げるということは、努力をしていないということとは全く別の話です。子育てをしている人は、社会から離れてしまう不安が少なからずあると思います。ですが子育てはわからないことだらけで、それを理解しようとしているということは、努力していることだと肯定してほしいです。

外国で子育てをするということは、話す言葉もわかりにくいし、字も読みづらいし、文化も違うし、本当にわからないことだらけですが、本質的にやるべきことは日本で子育てをしている人と同じです。一つ一つ経験をして、妻と協力をして、知識として身に付け、知恵に変え、努力を辞めず、自分たちも成長しながら子供たちの未来を支えていきたいと、そう思っています。

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子供と作るシナモンロール

PROFILE

  • 陶芸家・料理家
    星利昌

    1985年生まれ、兵庫県出身。ヘルシンキ在住。
    神戸で日本料理の修行後、2008年フィンランド・ヘルシンキに移り、HotelKämp、Chez Dominique、Atelje Finneといった現地のレストランで料理の経験を積む。2011年からRavintola Hoshitoを開業し独立。2016年からもともと興味のあった陶器制作を始める。2018年自身のお店を一旦閉める。現在作品は、ヘルシンキのSamujiやLokalで取り扱っており、Michelin一つ星のRestaurantOraでも使用されている。

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