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空気の日記

さとう三千魚

  • 9月8日(火)

    大風は

    去っていった
    女は白い車で出掛けていった


    西の山は

    青空の下にいた

    青緑になり

    空の下に佇って
    いた

    どう動けばよいのかわからない

    のだ

    西の
    山は

    退院した兄は
    送った鮪と鰹を食べたろうか

    退院した
    その日

    兄はウィスキーをロックで飲んだという
    知事が自粛を要請しているという

    見舞いに行くことはできない

    昼前に
    雨は

    降り出した

    土砂降りになった
    雨は

    空間を埋め尽くして此の世を真っ白にした
    西の山は見えない

    雷が
    鳴ってる

    ベランダの洗濯物を取り込み部屋の中に干した
    犬のモコが

    激しく震えてる

    モコを抱いて
    窓から

    土砂降りの外を見ている

    ※兄が退院した。自宅療養をするのだという。姪が仕事を休んで兄の面倒をみるのだとういう。
    大風が去って行った。西の山が青緑色に見えた。空は、綺麗に晴れ渡っていた。

    静岡・用宗
  • 9月30日(水)

    今朝

    遅く
    目覚めた

    散歩に行けなかった

    犬のモコを
    抱いて

    女を起こさないようそっと

    ベッドからぬけだす
    階段を降りる

    モコを
    居間の床に放すとモコは庭に続くサッシに駆け寄る

    サッシを開けると
    庭に出て

    しゃがんで
    おしっこする

    しゃがんだままモコは上目使いにこちらを見上げている

    モコを
    抱いて

    玄関ドアを開け
    ポストから新聞を取りだす

    朝刊の一面

    「コロナ 世界死者100万人」 *
    と見出し

    インドネシアのジャカルタでは埋葬された遺体が6,000人を超え
    墓地が足りないのだという

    100万人の
    死者たち

    妻や夫や恋人

    父母や
    祖父母

    兄弟姉妹
    息子や娘や孫たち

    友人たちが
    いただろう

    どのようにヒトはヒトと別れるのか

    どのようにヒトとヒトは
    突然

    別れられるのか

    青空の中に西の山が青緑に佇っていた

    金木犀の
    花の

    黄色の

    花の香りがした

    ※「朝日新聞」9月30日朝刊より引用しました。

    ※TVのニュースでインドネシアのジャカルタの墓地の映像を見た。
    大地に沢山の穴が掘られていた。死者は6,000人を超え墓地が足りないのだという。

    静岡・用宗
  • 10月22日(木)

    曇り空の下に
    灰青色の

    西の山はいた

    朝には
    そこにいた

    窓を開けると佇っていた

    いつも
    そこにいる

    いなくなるということはない

    昼前に
    空は

    晴れて

    明るい空が広がっていた
    薄い青空の下に

    西の山は
    青緑色に佇ってた

    曇りのち夕方から雨の
    予報が外れた

    そう
    思ったけど

    いまはもう曇って灰色の雲の下に

    きみは
    いる

    西の山はいる

    自宅療養で
    居間のベッドの上にいる兄に

    昼前に

    河口や
    浜辺や
    金木犀の花の

    写真を

    ラインで送った

    付き添いの姪が
    スマホの写真を開いて兄に見せているのだろう

    “海が綺麗だなぁって言ってるよ”

    そう
    姪が伝えてくれる

    塞がった喉から
    弱い息を吐き

    掠れた声で兄は言ったのだろう

    「GO TO トラベル」の東京発着が許された10月に
    見舞いできてよかった

    兄は山が好きだったから冠雪の頃の焼石岳の天辺の
    白く輝くのを

    憶えているだろう

    目を瞑ると
    白い頂が細く輝くのが見える

    兄にも
    あの白い頂が

    見えているだろう

    ※「GO TO トラベル」の東京発着が許された10月の初めに兄の見舞いに行った。
    居間の兄のベッドに並んで兄と姉と私で笑って写真を撮った。これが最後だと思った。
    湯沢駅には菅新総理の就任を祝う横断幕が貼られていた。

    静岡・用宗
  • 11月13日(金)

    気圧配置は
    西高東低なのだ

    今朝
    空に

    雲ひとつなかった

    唇が
    乾く

    モコを連れて
    浜辺に行くと

    風があり

    海は
    光ってた

    「新規感染者 最多1653人」と朝刊に見出しが立っていた *

    第三波だろうか

    どうなのか
    波も三つくらいは数えられるが

    四つとか
    五つとか

    数えられないかもしれない

    10月の
    終わりに

    兄は
    逝った

    心を預ける

    人も
    場所も

    もう僅かだ

    冬になると
    ここから

    青空に白い不二が見える

    ※「朝日新聞」11月13日朝刊より引用しました。

    ※10月の終わりに兄は逝った。
    葬式に秋田に帰った。もう黙っていても、うなずける人がいなくなった。
    「新規感染者 最多1653人」と朝刊に見出しが立っていた。第三波なのか。

    静岡・用宗
  • 12月5日(土)

    早朝に

    吠えるモコに
    起こされた

    まだ4時だった
    暗かった

    モコを
    抱いて

    階段を降り
    居間から

    庭に降ろし
    おしっこをさせた

    ベッドに
    戻すと

    モコはすぐに眠った

    わたしは別の部屋で
    詩を

    ひとつ書いた

    朝食の後
    TVで

    大阪知事が医療現場の逼迫を
    雄弁に語るのを

    みていた

    通天閣が赤かった
    太陽の塔が赤かった

    それから

    ソファーで
    眠ってしまった

    夕方
    には

    モコと散歩した

    闇の中に
    南天の紅い実をみた

    近所の玄関に繋がれた
    黒い犬が

    5時のサイレンに吠えていた

    西の山は

    山際が
    明るく

    その上の空は群青色をしていた

    天と地だった

    夜が怖いのか
    モコは早足で歩いた

    ※もう12月だ。今年、わたしたちが失ったものは大きい。
    失った後で、言葉を探す行為をつづけている。

    静岡・用宗
  • 12月27日(日)

    昼前に

    女は
    車で

    エアロビに出かけていった

    GoToは停止しても
    感染者と重症者の増加が止まらない

    ようだ

    予約していた笠井叡と
    高橋悠治の今日の天使館”ダンス現在vol.18″はキャンセルした

    モコとふたり
    朝から

    ソファーで
    録画していた映像を観ていた

    イタリア西部劇のメイキングと
    阿部 定のドキュメンタリーだったか

    クリント・イーストウッドと阿部 定は生きようとしたのだろう

    TVは消して
    居間と仏間と寝室に

    掃除機をかけた
    年賀状をプリントした

    夕方
    モコと散歩した

    西の山際は明るくて群青色の空に月はにじんでいた

    もうすぐ
    今年

    終わる

    この世は終末に見えるがまだ終わらないのだろう

    ひとびと
    生きようとしている

    ※二階の書斎の窓の障子を細く開けて西の山やその上の青空や白い雲を見ている。
    こんなことばかりしている。

    静岡・用宗
  • 1月18日(月)

    もう
    数えない

    朝刊の
    一面に

    国内の感染者数と死者数と増加数と

    世界の
    それらの数が

    掲載されている

    33万696人(+5760) *
    4525人(+49) *

    9450万1892人(+63万2703) *
    202万2279人(+1万2684) *

    国内の14都道府県が感染爆発の段階とされている

    もう
    数えないが

    すでに国内に
    イギリスからの変異種の感染者が

    自宅療養している
    という


    女が

    出掛けるのを
    見送った

    モコを抱いて
    白い車の後ろを消えるまで見ていた

    西の山の上の青空に白い雲がぽかりと浮かんで

    いた

    202万2279人

    世界の死者たちの
    顔を

    ひとりひとりを
    思い浮かべている

    人が
    いる

    白い雲は青空の中に形を変えていつか消えていく

    ※「朝日新聞」1月18日朝刊より引用しました。

    ※わたしはほぼ出かけないが、女は仕事に行ったり、エアロビに行ったりしている。
    そこで会う友人たちとの会話が楽しいのだという。感染者は1億人、死者215万人という記事を見た。

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