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空気の日記

ジョーダン・A. Y.・スミス

  • 4月11日(土)

    全ての全てが懐かしくなった日から
    従来の日常を捨て
    他人の日記を書くようになった。
    そして、その人に
    僕の日記をつけてもらうようになった。
    新世界の毒の空気を
    シンプルな言葉で彩る実験。

    その日記によると、ある日僕は、

    外を眺めていたら一番星が輝いていた。
    そのままずっと見つめていたら一つ流れ星が流れた。
    願う前にはもう消えていた。
    仕方ない、
    今日も空には綺麗な月が浮かんでいる。
    流れ星には滅多に出会えないけど、
    お月様には出会える。
    だから今日もお月様にひとつ、
    大切な願いをそっと込めて、
    眠りについた。

    そして、僕の頭の中には
    こんな日記が落ちてきた

    今日は夢の中で、目が覚めた。
    つまり、夢の中の夢だった。
    夢の中の夢から起きて、
    ベッドの隣に置いてある日記を手に持ち、
    自分の親指で文字を書き出した。
    指先から溢れてくる文字を
    半分しか読めなかったけど、
    その中「海」か「苺」が浮かんでいた。

    それで、実際に目が覚めて、
    その夢から日常の現実に戻ったら、日記を見た。
    この文字がもうすでに書いてあった。
    今は何が夢なのか、何が現実なのか、
    わからない。
    けれど、
    何れにしても、
    海に行って苺を食べたいと思う…

    とか。

    こういう風に
    一枚一枚を交わしているうちに
    他人は僕の夢に入り込んできた。
    「地獄とは他人のことだ」とはいうけれど、
    自宅隔離の二人、
    お互いの架空の内面を探って
    よく分かったことは
    地獄とは自我である
    地獄とは自粛である
    そして、他人は楽園になれるのだ。

    夢の中で
    僕らが何をしていたのかを
    今度身を以て会う時に
    細かく伝えるのだ。
    その時にもまた、
    その時までの全ての全てのことを
    懐かしくする。

    東京都・神楽坂
  • 5月4日(月)

    Zoomのどこでも窓を通して
    家内修羅場、
    ドメスティックサーカス、
    無人島へズームイン
    デジタル背景で
     場所の意味を消そうとする駒たちと
       会議のチェスボードで
    I’m unraveling
    ––fine—
    I’m Time/
    traveling

    去年の季語は
     夏の肌
    ムダ毛
    キレイ
    ワキ汗対策

    今年の季語は
      ない。空っぽな広告の枠

    俳句、零時、h i c r a z y

     ラン乱イラン欄違乱いらん、蘭
      選船千線専戦せんといて
       チョー長朝町長蝶々よ、超
        孝行高校や航行煌煌
         1湾1ワンワン1腕,、no one won、no王

    耳と耳を
    ずっとつけ続けているヘッドフォンから
    解放させないと
    次第に大きくなってきた音は
    サイレンなのか、ほぼ静かになった一日の残影なのか、
    区別できない。

    上記の断片に希望の小雨をぱらつく
    医療と薬学が脱線してゆく糸に辿り、
    何と
    水星では「一日」は
    地球の58.6日だそう…

    写真:Jason Scuderi
    東京・神楽坂
  • 5月27日(水)

      事実真実果実
    せ い か く に
    み   の   る
    く に か せ い
    み   の   る
      事実真実果実

    布団フォトンポテト
      お こ す
      こ う し 
    ひかり と ひかり
        の
       衝 突
     お ち つ き
     ま ど ろ み
    ZZZZZZZZZZZZZZZ
    ? ? ? ? ?
      事実真実果実
      …
     データの流れに従って
     水がヒノキに滴る
       庭の欠片
       煙の石榴
     黙示録 ではないが
       一応、調べておこう
        ゾンビって
        泳げるんだっけ

    東京、京島と神楽坂
  • 6月19日(金)

    安全性に救われる人間の命
    安全性に押し殺される人間の心
    命勝負と心勝負の間の勝負
    三ヶ月でほぼ決まった
    遠くに死んだ
    お金持ちの偉いさんの庭で
    旧古河の古池に
    霊的な負担を投げ
    別次元にドボン
    薔薇を嗅ぎ比べる
    架空の薔薇賞委員会の
     滑稽に厳しい審判
      点数をつけながら
        少しずつ心を裸にする

    たまには
    愛着しているものでも
    洗えるように
    脱がないと

    雨が降るのかなと言いながら
     雨の降らない日に
      初恋か恋心
      春芳か朝雲
      どっちの香りの方が良いか
      どっちの香りの方が強いか
    そろそろ自分の鼻で
    決めたい
    というか
    生の空気を吸って
    悩みたい
    昨日と明日の余韻の間で

    東京、西ヶ原と神楽坂
  • 7月12日(日)

    石庭に住むとかげ
    隠れん坊
    空中で交尾している蜻蜓(dragonfly)
    公案を孕む

    寺院の荷物預け所は
    荷物を預けなくなったが
    荷物はまだ荷物だなと
    足元に広がる
    小石の道を見て思う。

    新たな形を取る時勢に
    離れ  ばなれにされる

    荷物を降ろし
    門に入り 
    束の間を延ばし
    竜の安穏な日々

    京都、龍安寺
  • 8月4日(火)

    三十二時間に伸びる
    一日でも
        おかしくなく感じさせる
    百五十六日間の
    三月の梅雨が開けて
        そういえばなかなか長期を考えられないなとふと考える間


    笑いながら終わり無き仕事で識る無意識の旅愁が
    歯ぎしりに身体翻訳し尽せられ
        奥歯が下の骨を溶かし
    その奥歯を抜いてもらうお医者さんと死者の相対的な無さを喜んで
        少し歪んできた顔で
    笑う


    ついうとうとし欄外の領土を
        妙に広げ流れ始める仄かに滑稽な朝日の希望を抱かせるきっと鳴いている鳥の声が扇風機に飲まれてゆく


           これは条約だったらサインする国はないん
    だろうが 家を出る度にここで亡くなった島村抱月の記念碑により
           彼は勝手に永久との条約に結ばれてしまった
    『ドン・キホーテ』を訳した人物の死因を検索してみれば
        多分、たゆまぬ情熱

    東京・横寺町
  • 8月26日(水)

    カレンダーの妙に鮮やかな横木を
    一本  ​一本、​ 降りる
    昨夜、深夜の締め切りの目やにを
    コーヒーの香りに取り除いてもらい

    断酒に興味のないアル中っぽい遠い親戚を巡る電話を挟み

    肖像詩の夢を追う仲間と
    顔の共通性と個性の間に
    揺らぎと流動性の翻訳で
    普遍の土台を創り上げる
    顔はアートでもあって
    ギャラリーでもある

    とばくに関する打ち合わせが
    風邪に削除されたことを
    知らなかったシンガポール人に
    初めまして衝突
    タイムトラベルした人が
    目的時代に突然に
    現れるように
    びっくりしゃっくり
    マルタの鷹

    アッサムブラージュからできる日本酒を
    飲まずに言葉にする
    漆黒から注がれるのは
    光なのか煌きなのか

    金融の霧の向こうから浮かんでくる
    幻想のイギリス人とニューヨーク人
    概念と人間のパスティーシュ

    飛行機なき国際的な日々を
    降りても降りても
    朝になると
    また梯子の上に立っている

    東京・神楽坂
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