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空気の日記

宮尾節子

  • 4月17日(金)

    郵便配達夫は

    花が咲いているでしょう
    詩を書いているのよ

    誰も訪ねて来ない山の奥とか
    谷底で
    お天道様のほか
    誰も見る人がいないのに――
    花が咲いているでしょう
    春になれば

    詩を咲いているのよ
    そんなふうに――

    蜜蜂の翅音に似た
    バイクの音が山道を這い上がる
    ちらちら見え隠れする姿に

    あんなところまで郵便配達夫は、
    と村人は驚いた
    手紙には触れずに

    郵便配達夫は、知っていた
    読めるところだけ読んで――
    言葉の先には人が住んでいることを

    ***

    ドミノ倒しのようにイベントが軒並み中止や延期になり
    そうだこの機会にと部屋の片付けやずっと見つからない
    探し物をしている。

    上の詩も片付け途中で見つかった古い詩、
    どこに出すつもりだったろうか
    あるいは捨てるつもりだったか。

    捨て猫のような、郵便配達夫の詩の
    最後の連の、最初の行を最後に
    まわして、敗詩復活をしてみた。

    芽吹きの季節となり、見渡す限り奥武蔵の山々は
    新鮮な緑で盛り上がる、サラダ鉢のようで
    目が美味しい。
    水も空気も、とびきりだ。

    でも、
    人も恋しい。

    おーい。

    埼玉・飯能市
  • 5月10日(日)

    「そんなことするんだ」
    ことばにすれば、そんな感じです。

    奥さんが看護師さんの、会社員の男性が
    上司に言われたそうです。
    「きみが会社を休むか、奥さんが辞めるか」

    自粛警察なるものが町に出現したそうです。
    他県ナンバーの車には疵がつけられました。
    自粛しない(本当は規定を守って自粛営業
    していた)店には石が投げ込まれました。

    全国に非常事態宣言が出てから
    (そんなものでるんだ)
    人間に異常事態現象が起きています。
    (そんなことするんだ)

    「隣り組がいちばんこわい」
    戦時中のひとの言葉です。
    「夏蜜柑より正義感がこわい」
    今日のわたしの言葉です。

    もうひとつ。

    #検察庁法改正案に抗議します、という
    ハッシュタグのツイートが火の付いたように
    ひろがって、瞬く間にトレンド入りしました。
    (反対します、でなく、抗議します、がたぶん吉)

    そのあとに又怪奇現象です。200万ツイート数
    あたりから
    眼の前で見る見るツイート数が減り始めたのです。

    大急ぎで、月が欠けるみたいに。
    「そんなことするんだ」

    「だれもしろとは、いってない」
    (いつも、これだが)

    月が欠けても、(あのね)
    お天道様が見ているよ。

    埼玉・飯能
  • 6月2日(火)

    わたしの命の
    ぎりぎりまで

    つらいことや
    悲しいことや

    わたしを苦しめる
    ことが

    あると
    いいな。

    そしたら
    植木屋さんが
    伸びた枝に鋏をふるうように

    そしたら
    コックさんが
    自慢の料理の腕をみせるように

    そしたら
    お医者さんが
    新たなウイルスと格闘するように

    そしたら
    お巡りさんが・・・
    皆が皆そんな人ばかりでないように

    そしたら
    カリフォルニアオレンジが
    最後の一滴までオレンジであるように

    祈りを甘くしながら
    与えられた仕事の腕を発揮できるから。

    第二波、
    第三波にそなえて

    ***

    きれいですね、
    きれいなもんか。

    お花、
    あ、花ね。

    スナックに持って行くの
    オープンしたから持って行ってやんの。

    少しずつ
    ひるのまちの扉がひらき
    少しずつ
    よるのまちに灯がもどる。

    写真撮ってもいい?
    うん、いいともさ。

    埼玉・飯能
  • 6月25日(木)

    マスクがあまったら
    このポストに入れてください。
    そして
    マスクがほしい人は
    自由にもっていってください。

    まちの郵便ポストのそばに
    マスクポストができました。

    買い過ぎてあまったマスクや
    色とりどりの手作りマスクが
    (おばあちゃんも大活躍して)
    ポストにたくさん集まりました。

    もう、だいじょうぶ。

    ワクチンを開発したいのですが
    お金と研究者の人手が足りません、と
    呼びかけたら

    「わたしは何にもないけど
    お金だけは一杯あるんですよ」と
    世界中のお金をもっているひとから
    たくさん寄付が集まりました。

    「わたしはお金はないけど
    研究だけは自信があるんですよ」と
    世界中から研究者もたくさん集まりました。

    もう、だいじょうぶ。

    3人寄れば文殊の知恵
    といいますが――なんと
    世界中の知恵が一堂に集まったものだから
    (今回ばかりは世界中のどの国も
    他人事ではなかったからです)
    あっと言う間に

    ウイルスを退治する画期的な
    ワクチンが発明されたのでした。

    もう、だいじょうぶ。

    以前なら
    内緒にして、ひと儲けしたいなという
    気持ちも(ふつふつ)わきましたが

    以前なら
    肝のところは、わたしの発見だよと
    自慢したくて(もやもや)もしましたが。

    今回ばかりは、ぜんいんが
    「はやく、ワクチンを」ただ
    その思いひとつで、がんばったのでした。

    なので
    「できた!」と声があがったときは
    世界中でたくさんの拍手がわきおこりました。
    (黒い手も白い手も黄色い手も
    兵士たちも銃を置いて、喧嘩していた若者も
    振り上げた拳をひらいて、大きな拍手です)

    これは
    誰のワクチンでもない、みんなのワクチンだ。
    そうだ、異議なし!
    ということで、ぜんいん一致で、話がまとまり

    世界中で、いっせーのせで
    無料でワクチンが配られることになりました。

    すると、誰もが
    マスクの時のように、長蛇の列になることもなく
    われ先にと、おたがいを押しのけ合うこともなく

    あなたからどうぞ、いえいえ
    あなたのほうが大変そうだから、どうぞお先にと
    ひととして、あたり前のことができるのでした。

    ひとがひととして
    あたり前のことができるようになった頃。
    ひとでなしウイルスと呼ばれたおそろしい感染症も
    だんだんと世界から収束しはじめました。

    みぎだひだりだ、きただみなみだと、さんざん
    いがみ合ったり、ののしり合ったりした人びとが

    満ち欠けをわすれた白い月のように
    大きなマスクの下で隠されていたのは、そうだ
    この笑顔だったんだと、にわかに気づいたとき。

    大切なのは、あなたと
    戦うことではなくて、あなたと
    助け合うことだったと、やっと知ることができました。

    なので
    今までは、殺し屋ウイルスと呼んでいたけど
    あれは、ほんとうは
    愛のウイルスだったねと、わらって囁きあいました。
    (マスクのないくちで)

    おしまい。

    ***
    きょうは、昼間から
    そんな夢を、みてました。

    一年で、一番晴れない日が
    6月25日、の今日だそうです。
    そして、なんと
    あしたが、晴れ女でゆうめいな、あたしの誕生日です。

    めでたし、めでたし。

    埼玉・飯能
  • 7月18日(土)

    きのうさいた
    花なら、いいけど。
    東京で293
    埼玉で51

    かこさいた
    感染者数です。

    最多を更新する
    数字ばかり、目にしていると
    まるで
    数字に黙らせられた
    かわいそうな
    言葉の姿にも、見えてくる。

    道ゆく人びとの
    口を覆った、マスク姿が。

    だんだん大きくなる
    マスクには
    もうひとつ、見覚えがあった。

    津波のあと
    巨大な防潮堤が建設されて
    すっかり海の景色が隠れてしまった
    東北の海岸線。

    コロナのおかげで顔にも
    高い防潮堤ができたようだ
    隠れてしまったのは笑顔の水平線。

    コロナの海岸には
    黒船が来たように
    なぜか、横文字もどっと押し寄せた。

    ソーシャルディスタンス、アラート、リモート
    ニューノーマル、そして、エピセンターだって。

    ところがちっとも、馴染めない
    横文字がさっぱり、身につかない。
    なぜだろう。

    クックパッドでレシピを検索すると
    どんな料理もすぐできるが、すぐに忘れる。
    台所に並んで母に一度習ったきりの卵焼きは
    母が死んでも、忘れてないのに。

    「さいきん、小さい文字が見えないので
    お風呂場でシャンプーとコンディショナーの
    区別に困るのよ」と、隣りでぼやいたら

    まあちゃんが、「あら。
    シャンプーの頭にはボツボツがあるのよ。
    目の見えないひと用の」と風呂場で教えてくれて
    日頃の悩みが、いっぱつで解決。

    触れて、覚える。
    そばで、教わる。

    本当に、わかる時は
    あたまではなくて、
    すとんと、落ちるように
    からだで、わかる。

    からだに、沁みて
    細胞が、記憶する。

    なのに、
    濃厚接触、密――
    どれもが、悪いことになった、今。

    オイ、コロナ
    いったい、どうやって
    わたしは
    わかったらいいんだろう。

    文通で知り合って、結婚した
    幸せな夫婦をひと組、知っているのが
    ちょっとした、希望かな。

    コロナ、長丁場になりそうだね。

    それでも
    少しずつ、イベントの話が舞い込みはじめた。
    主催者は(出演者も)
    薄氷を踏む思いだろうが、文化の灯を消さない
    ように、何とか個々の表現の生きのびる道をさがして、
    ひっしで、みんな知恵を絞っている。
    せめて、その思いに寄り添いたい。

    ウイズコロナ

    水コロナ、に聞こえる今日の、日本列島。

    ***
    それでも
    夏に向かって
    元気はつらつの
    いのちの、なかま。

    草木、草花に
    日々の大丈夫、をもらっています。

    埼玉・飯能
  • 8月10日(月)

    今日は祝日だ。
    えっと、何の日だっけ

    山の日。
    祝日法第2条によれば「山に親しむ機会を得て、
    山の恩恵に感謝する日」とある。

    本来は明日(8月11日)が
    今日に(特措法により)なったのだそう
    開催予定の東京五輪への特別措置で、ということだ。

    夏の川面を船に曳かれて――
    お台場に置かれていた
    五輪の輪がしずしずと退場していった

    山あり谷あり五輪延期ありの、今日は山の日。

    じんせい
    なにがあるか、わからない。
    そして
    なにがなくなるかも、わからない。

    夏の川面を船に曳かれて――
    五色の輪がしずしずと退場していった
    「また、戻れると良いけれど」の声に見送られて。

    Go to(いけ)と
    Stay home(おうち)のことばの扉が
    ひらいたり、とじたりしている。

    憂鬱になれば、きりがない。
    こうなったら
    腹をくくって、もしかしたら何百年に一度の
    災難に当たったことを、宝くじのように愉しむのも
    手ではないか。

    どうせ、脳には
    喜びと悲しみの区別はつかないらしいし。
    胃袋の暗がりに、
    フランス料理とカップ麺の区別がつかないように。

    いよいよ、恐怖はひとを変容させはじめた
    ようだ――
    「帰ってくるな」と玄関に手紙を投げ込むひとと
    「マスク不要」と駅前で音楽フェスをするひとと

    珍種はやがて新種になるのだろうか。

    ひとの普通がゆれている――
    ゆれてるときは動かない、葉っぱにとまった
    虫たちは。

    ***

    こしあんの好きな義母に、評判の水羊羹を
    商店街で買った。

    和三盆ですか?
    いや効かせ程度です、全部ワサでやると
    くどくなるから。

    夏祭りなくなりましたね、秋はどうかな。
    中止になりましたよ、16万人も出るからね。

    お店は、痛いですね。
    仕方ないですよ、感染広がってるから。

    「仕方ないですよ、***だから」

    きっと、同じことばが75年前にも
    ここを、通った。

    ***

    夏草は元気いっぱいだ
    なんでや
    と、問いたいぐらいだ
    なんとか
    と、頼みたいぐらいだ
    元気の秘訣を。

    それでも
    じっと目を凝らせば

    夏の葉も病んでいた。

    埼玉・飯能
  • 9月1日(火)

    ただ
    ただただ
    だだだだだ
    だだだだだだ
    だだだだだだだだ
    だだだだだだだだだだ
    だだだだだだだだだだだだだ
    だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
    だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
    だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
    だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
    だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ
    だだだだ
    無駄に続く人生もあれば
    だだだだだだだっ
    七発で終わる人生もある。

    *

    鳴り物入りの
    八月が終わり

    あなたの健康を守ることと、わたしたちの
    平和を守ることが、繋がっているとすれば
    誰にとっても幸いなことです。

    蝉の声に虫の声が混ざり
    今日から九月の

    てすてす、てす。
    朝夕は少しましでも

    まだまだ昼は暑くて
    流れに足を入れると

    入間川が
    人間川に、見える。

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