© SPINNER. All Rights Reserved.
執筆者別アーカイブはこちら

空気の日記

永方佑樹

  • 4月12日(日)

    不信をおし隠し
    従順が都市を
    四月
    秩序をさぐる
    うろたえが日ごと増す
    孤立したひとびとの 群れ

    七日
    緊急事態宣言が出て※1
    国道134号線の車音もすこし冷えた
    おかげで波の音が聴こえる
    それが安眠に結びつくことはないが
    人の絶えた浜で
    人の絶えた江の島を眺める
    縁起によれば
    およそ千五百年前の
    今日と同じ
    十二日
    天女が十五童子をしたがえ現れ
    江の島をつくったのだという
    それからいったいどれだけの人が
    島に呼ばれてきたのだろうか
    つい先月の
    三月の三連休も
    島へと繋ぐ弁天橋は
    にぎやかな群れで混み合っていた
    したしく呼気を触れ合わせ
    ひとびとが笑顔で渡ってゆくのを
    やさしい風景の快復なのだと
    わたしもここでながめてた、その微笑の
    誤謬への加担

    禁制の集会に行くかのように
    息をするのも恥じ入りながら
    スーパーにこっそり出かけてく
    二〇二〇年四月のわたしたちよ
    今はきっぱりと訣れよう
    戒厳のはじめの週末は
    誰かを刑罰に処しながら
    君は買ってきたインスタントラーメンを家でせっせと作るが良い
    わたしは米を炊くとしよう
    買い置いたカレーをあたためたり
    Netflixでもながめながら
    ひとりで黙々と食うとしよう
    そうして荷重を増やしながら
    気配を伏せてゆく孤立の耳に
    際立ってゆく地球の音とともに
    わたしたちは聴かねばならない
    不安ですら利害に結ぶ我々だから
    命の文法も意味で整えてしまうから
    我々を生かすもの
    我々を殺すもの
    拘束し
    解放し
    愛するものを自らを
    駆り立てしずめるあらゆるものを

    1 : 4 月 7 日、新型コロナウイルスの感染が都市部で急速に拡大している事態を受けて、政府は新型コロナ ウイルス対策特措法に基づく「緊急事態宣言」を行った。対象は東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵 庫、福岡の7都府県で、宣言の効力は5月6日まで。

    神奈川県片瀬海岸・江の島
  • 5月5日(火)

    ひと月におさまらない忍従※1
    それでも私たちは
    弛緩した生をやめない
    労りは営みに敗北し続ける
    かぞえられた死は
    数でしかなく
    意識させられる空虚を
    ひとびとは批評でばかりうずめて
    自身のためにしか泣けない
    わたしたちの上を
    季節が古(ふ)り去ってゆく
    そうして繰りかえし
    たどりかえす悔いを
    予見しながら模してゆく
    あなたが
    言葉などをしる前に
    算数などをおぼえる前に
    樹がくれのしたに
    微笑とともに隠した
    ちいさな手のひらに
    あの日たしかに受け取った
    ひどく単純で変わらない
    千年まえの祈りが
    まあたらしい節句に呼ばれ
    きょう
    子らにひとしく
    おとずれる

    1 政府の対策本部は「緊急事態宣言」の対象地域を全国としたまま5月 31 日まで延⻑することを正式に 決定。そのうえで、安倍総理は5月 14 日をめどに専門家に感染者数の動向を分析してもらい、可能だと 判断すれば 31 日を待たずに宣言を解除する考えを示した。

    神奈川県片瀬海岸・江の島
  • 5月28日(木)

    唐突に解除された宣言※3
    はじまりを着込み出す
    日常に放り出された我々の
    警戒に慣れ尽きたまなざしは
    禁を破る人の姿を
    今やたやすく見つけ出すが
    この瞬間も
    果たして弾圧は続くべきか
    いつだって
    法は私たちの外側で
    断りなく制定され
    施行されるものなのだし
    「正解がわからない」と言いながら
    いつも怒りに満ちている
    我らの秩序はこれからも
    整然と守られてゆくから
    引き続き
    計量を続けていかねばならない

    批評の側でいるために
    間違わないでい続けるため

    隣人たちが
    軽はずみな一歩をはじめてゆくのを
    口々に
    あげつらっては静止を強い
    もしくは前進をうながしたりして
    目まぐるしく翻る世界の声に
    加担しては権威を与える
    そうすることで見極める
    裏付けを手にしてようやく
    仕組まれた日常へと
    統制に手を引かれた真似事を
    誰もがしはじめる

    1 5 月 25 日、政府は対策本部を開き、東京、神奈川、千葉、埼玉の 1 都 3 県と北海道の緊急事態宣言の 解除を決めた。これにより、4月 7 日に出された宣言は約 1 か月半ぶりに全国で解除された。一方、都道 府県をまたぐ移動は引き続き自粛を要請。異なる県ナンバーの車を見つけては SNS にアップする等、 「自粛警察」と呼ばれる動きが加速した。

    神奈川県片瀬海岸・江の島
  • 6月20日(土)

    私たちはすぐに回想を忘れる
    素知らぬ速度で
    混雑し出した列車や
    観光客の人出の中を
    楽しみをおぼえて歩いている
    県外移動も解禁されて※1
    性懲りのない忘却の
    先頭を争い進み出す
    私たちは
    ウィルスなど効かない
    昔日を取り戻した気になったりもするけど
    コンビニに入れば透明なビニールの
    シートに隔てられた店員との距離に
    不安が形を取り戻して
    外に出ると
    すごく暑い
    私の血管は
    暑くなるとすぐにふくれて
    偏頭痛がキリキリ痛むから
    人目を避けて
    マスクを外す
    すると
    海の匂いがした
    音も、光も
    景色が荒々しさを取り戻していって
    生きていた
    世界も私も

    1 : 6 月 19 日、政府はこれまで、東京など 1 都 3 県や北海道との間で慎重に行うよう求めていた都道府県 をまたぐ移動について、「新たな感染は一部の自治体にとどまっている」として、全国で緩和した。

    神奈川県片瀬海岸・江の島
  • 7月13日(月)

    不安を日常で薄めながら
    進められてきた私たちの七月

    上下する関数の曲線を
    ただの数字として解釈する
    法律にせっせと小突かれながら
    かつての会話のぬくもりや
    築きかけのポイエーシスに
    付きかけた錆を取り除こうと
    人びとが力を込め出した
    手指のその支点ごと
    二百人を超える連日の
    感染者の数が挫いてゆく

    私にせよ先週
    はじめて会った人からは
    「感染が怖いので、完全オンラインにしなくては」という言葉を
    だけど先々週は
    久しぶりに会った知人の
    「感染しても、たいした事なんて無いんでしょ?」という声を
    同じ耳が聞いたばかりで

    傾きの
    その方位を計量しつつ
    数えられる側にはいないはずだと
    信じていた人たちを
    x軸に組み入れ肥大してゆく
    この座標が果たしてふたたび
    翳りを延ばしてゆくのだろうか 

    生存の証に座り続ける
    私たちの食卓の上に
    道辺が取り戻しはじめた
    子らの交わす声の上に

    四月が、五月が、六月が
    放り出したしぐさを結局真似て
    私たちのこの七月も
    危惧にあるいはその逆に
    交互の方位へ振り分けられる
    やみくもな均衡を八月へと
    譲り渡してゆくのだろうか

    ※ 7月10日、東京都で243人、埼玉県で44人、神奈川県で32人など全国で合わせて430人の感染が発表され た。1日に発表される感染者数が400人を超えるのは4月24日以来。

    神奈川県片瀬海岸・江の島
  • 8月5日(水)

    • お疲れ様でした。
    • お疲れ様でした。
    • なんとか無事終了しましたね。
    • 有り難うございました。
    • 本番中、マスクをつけていない事注意されないで良かったですね。
    • そうですね、いつでも付けられるように横に置いておいたんですけど。
    • 今日のパフォーマンスは、発話する口元の動きがキーになりますからね。
    • マスクができない分、口元だけのフェイスシールドも考えたんですが。
    • 息で曇っちゃって見えなくなりますしね。
    • そうなんですよね。でもそれで今回、口元の動きが感情の重要な情報なのだと感じました。
    • 口は喋る事や食べる事以外にも、感情の発露としての重要な役割がある?
    • はい。この間Fさんと話してる時に、食べるために一旦マスクを外したんですよ。そしたらFさんが急に安心した顔になって、理由を聞いたら、私がずっと怒ってるんだと思ってたみたいで。でもマスクを取ったら私がニコニコしてるから安心した、って言ってました。
    • なるほど。目と口の表情は必ずしも一致しない、という事ですね。「目は口ほどにものを言う」というけど、実際は口の表情を備えて初めて目は語れるのかな。しかもマスクは目以外全て隠しますからね、鼻も顎も。目だけを孤立させると情報に乏しくて、時に乖離した印象を与えてしまうんですね。
    • そうだと思います。
    • 先程終了した我々のパフォーマンスで、Yさんが今回ご企画された五つのプログラムが全て終わりましたが、どうでしょう?今回、我々はコロナ禍の最中で、どうしても常にコロナの状況を注視せざるを得なかった面もありつつ、コロナ禍というこれまでとはまったく違った環境だからこそ可能になる事もあったのかと思いますが。
    • そうですね。今回コロナ対策の為、全部無観客での配信公演となったのですが、逆に配信という形でなかったら、こんなに短期間で五パターンのパフォーマンスをしようとは思わなかったし、演劇以外のアーティストの方々と一緒にやろうとは思わなかったと思います。あと、今回の企画の基本コンセプトである、ツイッターでのハッシュタグ募集も、自粛期間中にうちに閉じこもりSNSを普段より多く眺めていた、その時に考えた事が影響したと思います。
    • なるほど。実際コロナ禍のせいで、劇場が通常の演目の上演が不可能になってしまったからこそ、我々は屋上だったり外廊下だったり、この間なんかは客席をすべてばらしたりして、普段の使い方とは全く違う使い方で「場」を使用出来ました。そうやって様々な場所から配信が出来たのも、現在のこの「からっぽの劇場」の状態だからこそですし、既成の形に据えられていた「場」が、行為に合わせて自在に設えを変える事で新たな姿を我々に見せ、不可能を可能にしてくれた気がします。
    • そうですね。こういう状況でなければ、劇場側も劇場祭も、こういう形式をやろうとも思わなかったと思います。
    • 今日やったパフォーマンスのテーマじゃないけど、我々はこれまでも常時何らかの不自由さ、規定された規制みたいな中で常に何が出来るのかを探している。でも現在の不自由さは、コロナ禍以前のそれとは全く異なる。だからこそ、私達は今まで考えなかった事を考え、やろうとしなかった事をやろうとする、その結果出来なかった事もあれば出来た事もある、という事ですね。
    • 今出来る中で最良の選択肢を探していきたいな、と思いますね。
    • ですね。いずれにせよ、今日で無事に全部終わって本当に良かったです。有り難うございました。
    • 有り難うございました。

    ※本日8月5日に吉祥寺シアターより配信を行った、「からっぽの劇場祭」でのパフォーマンス公演 『(in)visible voices-目にみえない、みえる声たち-』終演後の、楽屋でのYとの会話より

    吉祥寺・吉祥寺シアター
  • 8月27日(木)

    (海水浴場は開設していません
    十分な安全対策が
    確保されていないため

    遊泳はお控えください

    神奈川県藤沢市)

    遊興の人々を集め
    連日海は騒がしい

    看板は浜に立て去られ
    ひっそりと伸ばす影の直線を
    軽々跳び越える歓声と
    躍起になって追いかける
    ことさらなテレビの画角を見比べ
    私は考える

    感染者はちっとも収まっていないし
    ここだって高齢者は多いし
    ワクチンなんて先の話だろうし
    だけど私達は疲れてきたし
    上の人たちはGo toと言ってるし
    それにも増してとにかく暑くて
    ことさらな人達にしたところで
    どこかで休暇に加担してるだろうから
    私は考える

    陽が落ち
    夜になると
    コンビニから買ってきた手持ち花火を抱えて
    海へと戻ってくる
    彼らが代わる代わる手先に掲げた
    パチパチとした音と火が
    浜に散らばっては消えてゆき
    ピストルのような音を破裂させ
    打ち上げられる火花がつくる
    煙がけむたい幕となって
    対岸から見据える江ノ島に
    おもたく幾重もまつわっては
    神の目より所業を隠す

    神奈川県片瀬海岸・江の島
  • 空気の日記
  • エマらじお
  • 交換日記 凪
  • utakata
  • Spiral Schole
  • 妄想ヴォイスシアター
  • アトリエおよばれ
  • TEXTILE JAPAN FOR SPINNER
  • TEXTILE JAPAN FOR SPINNER