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空気の日記

田野倉康一

  • 4月24日(金)

    陽が差し込んでいる
    酷く、陽が差し込んでいる
    書斎の
    しずかなしずかなレンゴクで
    世界は一度、漂白される

    もし
    詩人であることが事故だというのなら
    今ほど詩人があふれた時はない
    すでに
    あらゆる人とのあいだに
    はてしない距離を
    抱える者を詩人と呼ぶのであれば

    杉並区都市整備部狭あい道路整備課狭あい道路係ヒラ
    田野倉康一は本日、勤務日である
    二分の一出勤で昨日は自宅待機
    今はシートを張ったカウンターの横で
    測量屋さんや不動産屋さんと
    図面を囲んで濃厚接触
    「こんなときに役所まで来いと言うのか」
    となじられながら
    でも人の財産にかかわることですから、と
    今日も濃厚接触はつづくよ

    杉並の街にこんなに猫が多かったとは
    やっと出られた現場調査で
    人よりもたくさんの猫と話す

    詩人であり詩人でないものは、僕は
    きはくになっていく空気のなかで
    一向に減らない厖大な距離を
    ただ、もてあましても
    いる

    ※ 田野倉の勤務先である杉並区役所は緊急事態宣言下、二分の一出勤となっている。それでも現場には行かなければならないし、狭あい道路事前協議を申請してくる業者もさほど減ってはいない。まだ、窓口のアクリル板も設置されていないし(狩野シートが張られたばかり)、デスクの間にパーテーションもないし、内線電話、コピー機などは共有のままだが、なぜかクラスターが発生したという話も聞かない。

    東京・小平
  • 5月12日(火)

    平穏
    万年床に寝そべり
    セスナ機のエンジン音を遠くに聞く
    幽囚の光の中
    言葉の一切は断たれ
    行く先のすべては
    打ち捨てられている

    新緑はしずかに萌え
    カタカナの海で
    音もなく声もなく
    おぼれてゆく
    ものたちの
    平穏

    おだやかなひのひかり

    ※休日である。外出自粛と言われなくても出る気になれない。

    東京・小平
  • 6月4日(木)

    中央線にふつふつとあふれてくる
    しずかなひとなみ
    あかるいあさの
    ひかりのなかで
    皆、
    目だけでものを言う

    あさはしずかな電車のなかで
    マスクを忘れたおじさんが
    目だけで刺されまくってる

    あけはなたれた窓からは

    みずいろの風が
    人と人との近くて遠いすきまを
    ただ、ふきぬけてゆく

    あらゆることが
    あらゆるものが
    遠い

    未来だ

    東京・小平
  • 7月2日(木)

    昨日受理した協議書を点検している
    添付の印鑑証明が古い
    代理人はコロナだからカンベンしろと言う
    カンベンは
    できない
    人の財産にかかわる

    少しずつ恨まれていく仕事ではある

    アクリル板を隔てて
    図面の相談はできない
    カウンターが狭くなっただけだ
    と、同時に
    世間も狭くなった
    図面を囲む男たちの
    心の距離は遠い

    しかしずいぶんむかしから
    こうだったとも思う

    帝国ホテルプラザで
    松元悠さんの個展を見た
    ぼくたちの生は距離でできている
    当事者であろうとして
    当事者ではない者が抱く
    あの距離のように

    霊的なおのの充満
    それは無限大の距離を意味する

    アマビエ さ ま

    ※狭い道を広げるのが田野倉の仕事である。狭あい道路拡幅整備事前協議書を受理し、協議終了後に通知書を交付するのがその内容である。コロナを口実に手間を省こうとする業者の多いこと。毎日仕事が終わった後のギャラリー巡りだけが救いだ。

    小平市
  • 7月20日(月)

    今日もまた不備書類の督促だ
    コロナを理由にごまかすな
    電話の向こうの女の声
    書類を通してくれないと
    大変なことになると脅す
    ならば登記を完了してよ
    守るべきは顧客の権利だろ

    人の世界が遠い

    すこしづつ
    恨まれる
    仕事ではある

    すこしづつ
    消えてゆくわたし
    全体が色褪せてゆくのではなく
    ただ、薄くなってゆく

    仕事帰りの駅のベンチで
    昨日見てきた足利市立美術館『如鳩と沼田居』展の画像を見ている

    足利は昭和40年代まで
    旅の絵師を共同体で養う、みたいな文化が残っていた
    全盲になっても
    絵を描き続けた長谷川沼田居
    その師にして
    聖堂の犬に
    1日中説教をしていた日本正教会の伝教者にして聖像画師、牧島如鳩
    フランスの
    かの聖人のように

    電車一本をやり過ごすうちに
    展覧会をひとつ見るということ
    もう豆は煮ないから
    電車一本、やり過ごすうちに
    自分の一生を見てしまったような

    そんな夕暮ではある

    ※ぼつぼつ美術館や画廊も開きはじめ、感染に注意を払いながらギャラリー巡りを再開する。4月に」予定されていた足利市立美術館での、『如鳩と沼田居』展のイベントだった山下裕二さんとのトークが中止になってしまったのが残念だった。役所の仕事も毎日の出勤に戻っている。

    小平市
  • 8月12日(水)

    詩を書く人の
    詩を書く朝に
    詩は次々と
    逃れ去る

    某大手不動産の
    虚偽申請への対処
    罰則の無い条例に翻弄されながら
    どうやって区民の
    財産を守ろうか

    いつも上から目線のこの会社の
    女営業所長が夢枕に今日も立つ

    温厚そうな中年男は
    まだ約束の書類を出してこない

    口の聞き方が悪いとキレた若い社員は
    ルール違反を強要する

    すべて同じ不動産会社
    役人への上から目線は
    社としての方針なのか

    ヤクザの方がぜんぜんマシだ

    と、休暇の居間で愚痴を書いている

    どうやっても詩にならない
    コロナの日々を今日も生きている

    東京・小平
  • 9月3日(木)

    隣に座る人はみんな敵
    吊り革にはつかまらず
    電車が揺れるたびに
    あっちにゴロゴロ
    こっちにゴロゴロ
    いつまでやるんだろう
    いつまで続くんだろう

    マスクを忘れて刺すような視線に刺されまくり
    ボロ雑巾となって職場に着けば
    そこには厖大な
    ボロ雑巾の山が

    嘘をつく不動産屋
    役所を見下すハウスメーカー
    書類をとっとと出せよ
    コロナは理由にならない

    現場調査は炎天の
    下、路地裏には猫もあるかない
    冷房のきいたお屋敷の居間の
    猫になりたい

    帰りの電車も敵中横断
    沈黙の
    ボロ雑巾たちのすり切れた背に
    今日も同んなじ夕陽があたる

    こうしてあまりに散文的な
    一日が終わる

    ※愚痴しか出てこないのが情けない。詩はどこへいったのか?いや、詩はここにこそあるんじゃないか?僕はお金持ちのお屋敷の、居間で日がな寝ている猫になりたい。

    東京・小平
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