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空気の日記

三角みづ紀

  • 9月9日(水)

    いさぎよく裂いた赤のなか
    こぼれそうな声を、埋める

    もう いいかな
    もう そろそろ いいかな
    もう そろそろ でも やっぱり 違うね

    最近、妙に苛々して、わけもなく感情が破裂して、
    ぱんって音がしたときには、遅いので唇を噛んで

    雲のかたちが変化する頃には
    あたりまえの世界が
    あたりまえに馴染んで
    忘れはじめて

    布でつくられたマスクを
    手洗いする朝が
    いつもの流れにまざって
    この日常を
    たやすく認めたら
    わたしが壊れるから
    いつまでも怯えていたくて
    埋めた感情を
    掘りおこして
    ほつれた頬を凍らせる

    夕方には、便りも届く

    ※道内の新規感染者11人。

    北海道・札幌
  • 10月1日(木)

    十月がはじまる
    いつもはじまる

    飛行機の残り香と
    こまかく砕いた肉の音

    秋になったので
    ぼくたちはちがう季節に佇んでいた

    延長線———
    の、うえを歩いている

    早朝と夜の雨
    夕方は眠っていたので記憶にない

    ずっと紛失したままだと
    どうにか認められたころ

    アフターやウィズ、
    という言葉で
    やりすごすやりきれなさが
    カーテンを 閉めるたびに
    身体を覆っていくのだった

    いくえにも
    紅葉していく丘を
    直視してはいけない

    ※道内の感染者は計2104人。

    北海道・札幌
  • 10月23日(金)

    ひっきりなしに
    窓が波打つから
    きょうは潜水艦の暮らしだ

    すっかり染まった丘が
    全身を揺らして
    うねって

    舟に乗るわたしは
    まどろみながら
    時間を取り戻さない

    陸にあがるころ
    ようやくはじまる一日もあって
    赤や黄色が触手になる

    頷きもせず
    抗いもせず
    数え続けて

    はげしく降るなかで
    ひとりで 高く
    旋回している鳥

    濡れてもかまわないほど
    言語を持っていない
    その覚悟はない

    ※札幌市の新規陽性者は38人。1日あたりの感染者としては過去最多。

    北海道・札幌
  • 11月14日(土)

    日が昇るまえに
    あかりを灯したら
    加湿器がおしゃべりしている

    幾度目かの雪
    まだ根雪にはならずに
    染まった植物を生きたまま殺す

    一年のおしまいに
    掃除はしたくないので
    いまのうちに、とわたしが急ぐ

    たった数年で ずいぶん
    本も家具も食器も記憶も不要で
    袋にほうりこみつつ

    この身体って必要かな

    空焚きした鍋の
    においが充満して
    冷気と熱気が混じりあい

    どうか不要不急の外出は避けてください

    立ち入り禁止の先へは行かず
    わたしたち、文通をしている
    明日は白井さんの日記の日だ。

    ※模様替えと大掃除を終える。

    北海道・札幌
  • 12月6日(日)

    すぐに溶けてしまう
    かたちを崩して
    逃げないで、と額が叫んだ

    アラームが鳴るまえに
    灯油ストーブを点けて
    フライパンをのせる
    黒くて重いもの
    たっぷりの油に 生きる
    ための適度な刺激

    ニュースでは
    会ったことのないひとが
    ひたすら謝罪をしていた

    ふたりの日常の音は
    静謐な氷点下で
    愛情から情を剥ぎとって
    愛がいい 愛だけでいい

    じつは陽性で入院していたんだ
    という友達の心配はした
    会ったことのないひとの
    不倫への謝罪には興味がない

    たった一文字を
    いつも剥ぎとっている

    ※新型コロナウイルスにより道内で15人が死亡。1日に報告された死者数最多。

    北海道・札幌
  • 12月28日(月)

    ずいぶん長く眠っていた
    雪が降りつづいていた
    行為として胃におさめた

    眺めていた
    しらじらしく声をだした
    希望を摂取したらすぐに消えた

    受けとめたら走った
    横にわたすものは
    わたしの景色になった

    増えていく水滴
    乾いていく部屋
    窓枠を額縁にして
    そとでおきることは
    映画になって流れた
    エンドロールに名前がない
    どちらかにしてほしい

    きみが毎日
    わらうから
    なんとなく
    過ごせていたよね

    ふるえる指が
    降りつづいていた

    ※年末年始、Go Toトラベル全国一時停止がはじまる。第100回全国高校ラグビー大会(花園)の1回戦16試合が行われた。

    北海道・札幌
  • 1月19日(火)

    明け方からの
    おもさで
    僕はたわんでいく

    すべて通行止めだから
    だれも これないね
    おはよう

    おやすみ
    ニュースの声も
    届かなくなった

    暖房をつけたままの部屋は
    空気が記憶をはらんでいて
    あたらしく産む支度をして

    罅が、生じても
    おもさで
    僕には見えなくなっていく

    腕も足も枝葉もぜんぶ
    うばわれて
    深い眠りのまま過ごしていた。

    木箱に詰まった林檎が
    すこしずつ なくなる
    皮ごと食していく

    ※国土交通省北海道開発局の道路情報のツイッターアカウントが、意味不明なメッセージを発信。

    北海道・札幌
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