執筆者別アーカイブ
渡辺玄英
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9月19日(土)
深夜三時におきる
窓をまず開けて星をたしかめる(月はみえないまだ月齢二日
南東にひときわ明るく輝く星があって
あそこから地球を見ている人
のことを想像する
(ここからは見えないが木星は射手座付近を順行しているらしいぼくが窓辺に立つといつのまにか
猫がよこに坐って
やはり外を見ている
じっと耳をすまして闇の向こうの気配を観測している
もう秋の虫が鳴いているけれど
ぼくには聞こえないものが猫には聞こえているのかもしれない(今週から授業が始まり(でも遠隔なので(学生たちはホントにいるのか?
(観測はできるが(ホントにいるのか? きみたちは目に見える夜空も星も虫たちも
本当にそこにあるものなのか確かめようがない
星は輝くだけ 虫は鳴くだけ
(むろんそれでもかまわないが(見えない木星が今も刻々と順行している
目に見えるものさえ不確かだとしたら
ぼくはどれほどの確かさでここで夜空を見上げているのか
ここで夜空を見上げているぼくの心は誰からも観測されはしない(そういえばぼくは地球という惑星をじかに見たことがない
星が星であり星でない
虫の音が虫の音であり虫の音でない
ように ぼくはぼくでありぼくではないとしたらいつのまにか
猫は瞑目している
ちいさなスフィンクス※未明の三時に起きて仕事をする毎日。大学では一部で対面授業が再開された。とはいえ大部分は遠隔。生活の中のリアリティが変容すると、自他の存在認識のリアリティも変容する。観測されないものは無きに等しいのか。
福岡市・薬院 -
10月11日(日)
地球より遠いところへ行きたい
そう言うと
ぼくはこの部屋から出て行った
残されたのは
誰もいない部屋だが
いったい誰がこれを見ているのだろうか秋の曇りの日には
よくそんなことがある
TVのニュースではコロナ禍で自殺が相次いでいるし
相模湾の南を颱風14号が通過しているらしい
だけどこの部屋は日本海の近くだし
ぼくはもう地球より遠い所に行ってしまったから
関係ないね相模湾からは四年前にゴジラが現れて
世界はパニックになったし
丈高いカンナの花が赤く咲いていたこともあった
海辺に降りれば足元には星の砂もかがやいているだろう?
地球もまんざら捨てたもんじゃない気がするね
とこれを読んでいるあなたは思うだろうでもそんなことは分かってるんだ
だれも知らない街の駅に立って
電車が通過する刹那からだが自然と前に引き寄せられる
その謎こそが問題なんだ
そ
秋の曇りの日には
ホントここに居ないほうがいいって気持ちになるよ※有期雇用者の首切りが深刻だ。倒産廃業も増えている。よって自殺者が増加する。さらに増える。以前、企業人だったので不況の恐ろしさは身に染みている。絶望すると理性とは別の力が人間を突き動かす瞬間がある。
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11月2日(月)
46年ぶりの(満月の
ハロウィンが終ったので冬がおとずれた
今夜 空を見上げても
地球は見えない
あの星は夢になって久しいウイルスに生存期間があるように
あるいは感染者に死がおとずれたように
どの星にも寿命がある
きみの星ではどうだ?
空気は甘く 夜はまだ若いままだろうか
気分は苦いけれど
それは満月が終ったからではなくて未来が少しずつ欠けていくのを眺めながら
わたしたちは
聲をなくして
みな少しうつむいて何か祈りの準備のようで
(これも仮装のたぐいかもしれない
遠いところから見るとそれは
地上に黒く立ちならぶ杭のようで※満月のハロウィンは46年ぶりらしい。それはどうでもいいが、ハロウィンは死と再生の祭り。コロナ禍でこれまでの〈世界=地球〉は死んだと考えていい。未来が欠けてしまい、死後の〈セカイ〉が始まる。そんな気分。
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11月24日(火)
深夜の駅
るるる6両の電車が目の前を通過する
誰も乗っていない
明るい視野の中には
ただ
空気と呼ばれる死が満ちていて
誰も乗っていないるるるるる最後尾の車両には
ここにいないわたしが白いマスク姿で
乗っている
しずかに咳をしている
心音はもうきこえない
電車が通り過ぎたら
わたしはいなくなっているからね西鉄電車はアイスグリーン
(歯磨き粉の色をしてる
あたりは明るくても(駅の外は闇だよ
だれも気にしてくれないなら(波打ち際
わたしは一人でここで毎晩歯磨きしてもいいな車窓からここにいないわたしをみているホームのわたしが見える
ほんの一瞬
あれは六年前にいなくなったわたしですね
わたしに出会っていれば死ななかったかもしれないあなた
もうちょっと生きてみっかなと呟きながら
すこしずつすこしずつそして一瞬で波に攫われたわたし
(死の気配に包まれてもマスクをしていれば耐えられる
耐えられる、生きているあいだは死なない気がする
(駅を通過して
(暗い窓に蛍のように波が打ち寄せる
あのときわたしは
電車には乗らなかった
るるるるる※太宰府の某大学の講義からの帰り、夜の駅にポツンと佇んでいた。死後の世界に通じているような妙な胸騒ぎがした。回送列車が通過して、無人なので尚更、異界の使者に見える。濃厚な死の気配。ここは生死の境界かも。
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12月16日(水)
「聞こえましたか?
…あなたを死刑に処する
…聞こえましたか?」はい 聞こえました
と答えて証言台からゆっくりと席に戻りました「もうここにくることは二度とありません
あなたは揺れる麦畑の案山子 あなたは陽の当る白いだけの切り紙
階段のない二階から
やがて底なしの青空へ飛ぶのです無限の」でも、ぼくの机にはむかしからいつも
逃げなさい 生きなさい、と落書きされているのです
だから保健室のあまのセンセに相談してもいいですか「いいえ もうここに二度ときてはなりません
あなたと 馘 手首 踝
あなたのものでない長くてつややかな黒髪がゆるやかに渦巻いています
ばらばらに彼女たちが植えられた鉢やクーラーボックスがある
あなたのためだけの遠いお部屋
そこへ行くのですよ」(私に気づいてくれたのは彼だけでした
(私に気づいてくれたのは彼だけでした
(私に気づいてくれたのは彼だけでした
(これまでだれ一人私に気づかなかったのに
(私に気づいてくれたのは彼だけでした
ぼくが殺してあげる ぼくが殺してあげるぼくが殺してあげる
ぼくが殺してあげるよぼくが殺してあげるぼくが殺してあげる
ちからが抜けたあと ふと視線をあげました
空があることに初めて気づいたのはそのときだった
(空には見たことのない形の雲がありました「さようなら。
次の学校へ行くのです。どこでもないところへ。
句読点を忘れてはなりません。
あなたのロッカーに
隠されていた青空の欠片は不要でした。
誰にとっても不要だから。」ぼくは揺れるだけの案山子
いくら切られても白いだけの切り紙※2017年の座間9人殺害事件に判決。被告Sは死刑。なぜ被害者たちは、自殺願望があったとはいえ、易々とSに引き寄せられたのか? 死にいざなわれる者たち。Sという冥界の扉の如き存在。双方の心の闇。Sは控訴セズ。
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1月7日(木)
もうすぐ雪が降る
わたしの
半分は嘘で 他の二割は信じられない
そして残りは
自分にも(わからない ことばかりそれを聞く あなたにとって
わたしは あたることのない天気予報
声は 三分後には 忘れられている(だろう
未来はいつも 雪が降るか 降らないかに 分かれていき
あとは 震えて 遠い夕陽や 無機質なLEDの
光に(かくれてしまう
もうすぐ雪が降る北の国では
いま 猛烈に雪が降っている
という 知らない人の声
けれどここでは そんなことは(わからない
わかっているのは
もうすぐ雪が降る と呟いているわたしが
もうすぐ降る雪を まっているのか まっていないのか
と いうことだけ(うそだけどもうすぐ雪が降る
マスクで顔を半分隠して
肺からの 呼気で 声帯を震わせている
(五秒に一二度 まばたきして
自分の声の 波長がいつも よそよそしくて
だからもう一度 ちいさく呟いて
もうすぐ雪が降る の間の
不連続の間にだけ
わたしはいる頑張れないよね これ以上
ずっと窮地を 耐えてきたのに
逃げたくても逃げる所が 地球上にはないのだから
やっぱり通過する 列車に引き寄せられるのって 怖いよね
死ぬつもり なんかないのに 引き寄せられて
勝手にからだが 前にすすんでいくのもうすぐ雪が降る
だれも聞く人はいない
もうすぐ雪だけど※大寒波が来た。福岡も大雪になる。一方、国内のコロナ新規感染者は過去最多を更新。今日にも二度目の緊急事態宣言が発令される。大寒波とコロナ禍、二重の包囲の中、〈私〉も〈未来〉も不定形に揺れるばかり。
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1月29日(金)
西の風 強く
海上 では 西の風 非常に強く
くもり 所により 雨か雪 で 雷を伴う
波 4メートル 後 3メートル
1月29日 満月空気に 見えないウイルスがひそんで いる
それに セシウム137 や トリチウムだって
おそろしい から
口 鼻 目を ふさぐ
見えないものは わからない
魂も 見えないけど あるの?ここから 魂が 見えないように
ここから 満月は 見えない
玄界灘の 荒い波のうえ 冷たい空に月は あるはず
人は 都合よく 想像力を使うだけど 天気も ウイルスも 月や星も
人の都合では 存在しないはず
文明は しょせん人の玩具
魂も 玩具にはふさわしくない
西風が強い 月は 白いか青いか 不明だが
ぼくは招かれざる客 だろうから 文句は言わない※爆弾低気圧との天気予報。ぶっそうな名前だ。一年前は感染拡大なんて考えていなかった。十年前の今日は大震災が起こるとは思っていなかった。人は勝手に想像力を使うが、〈世界〉は一切に頓着せず変化し続ける。
福岡市・薬院
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