執筆者別アーカイブ
河野聡子
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9月20日(日)
これから船が出ます。
完全避難マニュアルに従い避難してから10年。
桟橋までの道はガラスと石の建物に囲まれていました。
QRコードで感染リスク通知サービスに登録しました。
10年前、何から避難しようとしたのか、もう思い出せません。
道は変わりましたが、桟橋はほとんど変わっていませんでした。
広場で三重の十字が輝いています。
白と青色の船には赤い花の名前がついています。
名は体をあらわさない。
それではこれから船に乗ります。※完全避難マニュアル:Port B「完全避難マニュアル 東京版」山手線二九駅すべての周辺に設置された「避難所」を軸に、都市の不可視なコミュニティと観客を繋ぐシステムそのものを構築する演劇作品。2010年10月30日~11月28日。
東京・竹芝桟橋 -
10月12日(月)
ビリー・アイリッシュのNO TIME TO DIEが発表されたのは今年の2月のこと。4月に予定されていた同タイトルの映画、007新作の封切りにあわせ、私はこの曲をSpotifyのプレイリストに入れた。以来毎日一度はこの曲を聴いているはずだが、007はいまだに公開されない。2020年4月の公開が延期され、11月20日の公開も延期され、ビリー・アイリッシュの声だけが私のSpotifyから流れつづける。状況は深刻である。もはや時間を逆行させるしかない。クリストファー・ノーラン監督のTENETは無事に公開されたものの、アメリカの映画館が軒並み閉まっているせいで興行収入がのびず、苦戦しているそうである。TwitterでTENETのファンアートを検索するとタイ語、ロシア語、中国語、韓国語、そして日本語ばかりヒットする。がんばっているはずなのに物事がなかなか進まないようにみえるなら、エントロピーの減少により時間の逆行が起きていると考えよう。私は先月伊豆大島に行き、黒い砂に埋もれた原野と森を通り抜けるテキサスハイキングコースを歩いた。十年以上前にテキサスハイキングコースという題名の詩を書いたのだが、実際に歩いたのは初めてだった。テキサスといえば乾いた砂漠のイメージがあるが、実際は緑も多く、稀に雪が積もることもあるという。トランプはテキサスでどのくらいの票を獲得するだろうか。Twitter社はアメリカ大統領選を前にデマの拡散を防止するため、リツイート機能の仕様変更を発表した。手動で「RT、コピペ」をやっていた時代から、私はずいぶん遠くまで来たものである。一昨日アメリカの掲示板Redditには「5歳の息子がクラフトワーク以外の曲を聴くのを許してくれないのだが、どうしたらいいだろうか」という相談が投稿された。他の音楽を聴こうとしても、これはクラフトワークではない、アレクサ、クラフトワークをかけてくれ」と命令するのだという。YoutubeとSpotifyとAmazon Musicで音楽は世代を超えた。ヒプノシスマイクは遊戯王のようにデュエルする。時間は順行し、逆行する。
東京・つつじが丘 -
11月3日(火)
来年の春のためにチューリップの球根を買った。
毎年買うのを忘れていたが、今年は覚えていた。
夏に枯れた木を抜き、空いた植木鉢に球根を植える。
植え付け時期は紅葉がみごろになったころ。
つまりもう少し先だ。
このまま忘れなければいいのだが。
この世界に残すべき野菜をひとつだけ選べといわれたら
タマネギを選ぶはずだ。
タマネギのないカレーが想像できない、
それだけの理由で。東京・つつじが丘 -
11月25日(水)
朝ごはん。米粉パンとコーヒー。パンにクッキークリームを塗る。クッキークリームはクッキーをスプレッド上にしたものだと瓶に書いてあるが、味と舐めた感触は粉っぽいピーナッツバターである。問題なくおいしい。昼ごはん。つめたいご飯を電子レンジで温める。ホットサンドメーカーに油を塗って冷凍の鰆(休校中に余った給食用食材のセール品)を焼く。お湯を沸かす。ご飯をどんぶりにいれ、焼いた鰆、刻み葱、お茶漬けのもと(新型コロナウイルスにより在庫がだぶついた結婚式の引き出物セール品で種類はたらこ、さけ、うめ、たい、ちりめん山椒、等々と種類があるが今日はたらこにする)、おろし生姜をのせ、ゴマをふり、お湯を注ぐ。薄暗い寒い昼に食べるお茶漬けはとてもおいしい。お茶漬けのもとに加え、魚や肉(ハムやウインナー、魚肉ソーセージ、昨夜の残り物のとんかつなどでも可)を焼いたり茹でたりしてのせるのがポイントである。晩ごはん。一昨日のカレーを炊きたてご飯にかける。激辛のルーを使用しているが、じゃがいものかわりにさつまいもを使っているので、ほどよく甘さがプラスされる。このカレーを作ったのは私ではないが、3日目のカレーを温める時は勝手にミニトマトを数個投入し、水分と酸味を補給する。カレーと一緒に煮たミニトマトは形はそのままでも口に入れるとトロっとして、カレーが辛いので甘く感じる。カレーは、たぬきに金を借りて無人島にテントを張り、木の枝を拾って焚火をし、飯盒炊飯して食べるものである。無人島の木にはナシが実っている。魚はなかなか釣れないが、虫はかなり簡単に捕まる。たぬきに捕まえた虫をみせにいくと、博物館の学者に送るという。博物館の学者は生き物を集めているくせに虫が嫌いだ。我が家では今年1匹もゴキブリをみていない。ベランダのレモンの木に黄色くなりかけた実がついている。
東京・つつじが丘 -
12月17日(木)
読み終わっていない本があるのに新しく本を積んでしまう。今年読み残している根性の必要な本はあと3冊。来年早々までに読まなければならない本があと1冊。そのほか気楽に読むために買った本が何冊か、本棚の「これから読む本」に置いてある。それでもまた本を借りる。ハヤブサ、雨、運動生理学、雪崩、気象、山岳地図、鳥の感覚世界について。今年は残り二週間になった。やれなかったことはあるが、やりのこしたことはほとんどない。過去数年でリストマニアになったわたしは「今日やったこと」リストを連日Google Keepに積み上げている。たとえ息をするだけでもひとはそこそこの偉業を成し遂げている。わたしの呼吸はわたしだけのものだ。
東京・つつじが丘 -
1月8日(金)
TOLTA『新しい手洗いのために』(2020年11月22日発行)の特設サイト
https://spark.adobe.com/page/Pga8Tqgk03Ajt/
記載の文章(2020年11月記)に修正と追記を施す。新しい手洗いのために
2020年1月以来、世界史に残る全人類的出来事となった新型コロナウイルス感染症によるパンデミックは私たちの生活を大きく変えました。2020年4月から5月の「緊急事態宣言」の直前から、私たちは仕事や生活のありかたを変えざるをえなくなり、今ではこの感染症に適応した「新しい生活」を呼びかける言葉があちこちに掲示されるようになっています。
移動の自粛、在宅ワークの推進、三密を避ける環境をつくる、大勢が密集する場所ではできるだけ話をしない、大声を出さない。不特定多数の人に会う時はマスクをつけ、触ったものは消毒をする。感染症に対応するためのさまざまな方策がとられると同時に、日々、経済的・文化的な影響が積み重なっていきます。音楽フェスティバルや演劇、芸術祭、同人誌即売会、スポーツイベントなど、人と人が直接顔をあわせ、空間を共有することが前提となる祝祭が長期にわたり中止や延期となり、再開されても以前と同じようにはいかない。家の中からウェブの画面を通じて世界と向きあう時間がいやおうなく増えていく。全体的な変化(外出の際のマスクの装着といったこと)が、個人のレベルにおける変化(トイレットペーパーの数を気にするといった小さなことから、失業などで収入や身分を失うといった大きなことまで)と平行して起きていく。
これらの変化は同時に、2020年までに「できあがっていた」日本社会のさまざまな仕組みを目に見える形であらわにしたように思います。
私たちの暮らし――会社や学校や家庭や趣味の暮らし、そこにはもともとうまく機能していないことがいくつもあります。逆にとてもいい感じに働いて、私たちを豊かに、幸福な気持ちにさせていることもあります。生きるというのは、多かれ少なかれ、自分がおかれた環境に適応し慣れてしまう、ということです。豊かさにも貧しさにも便利さにも不便さにも私たちはすぐに適応し、自分がどんな仕組みによって生きているのか、生かされているのかに鈍感になります。
ところが「新しい感染症」は良くも悪くもこのような従来の仕組みを日々の生活で実感させるものでした。インターネットを通じたコミュニケーションや情報共有はこの感染症の影響で加速したとはいえ、私たちはまだ、新型コロナウイルス感染症によって生まれた「新しい社会」に適応できていません。
2021年1月、政治家の出席する会食には制限が加えられることが検討されましたが、政治家は政治家のあいだではルールを決められないと結論を出しました。会食を制限するルールを決めるなど、たとえこの感染症で急死した現職議員がいたとしても、できるわけがない。政治家には新しい生活様式など不可能だ。この社会では、政治家の判断する、人々の生活をまもるためのもっとも重要な決定は、夜子供のそばにいる父親や母親、ダブルワークで一日中働いている人々、介護のために家から離れられない人々が、参加することはおろか見ることも聴くこともできない、閉ざされた「夜の会食」で行われているのだから。夜の会食ができなくなれば、政治家は政治家の本分を達成できない。政治家は夜に生きる。政治家はけっして感染症にかからない。リーダーシップ! リーダーシップ!
さて、私たちはこの状況のなかで、誰も否定しない本をつくりたいと思いました。
肩こりにはシップを貼るとよい。感染症対策には手洗いをするとよい。感染症および公衆衛生対策の基本は「接触の管理」にあります。そのための基本的な方法は「手を洗うこと」です。新型コロナウイルスCovid-19においては飛沫感染を防ぐためのマスクが重要とされていますが、はっきり目にみえる一方で顔の大部分を隠してしまうマスクの装着は、文化や体質によってなかなか受け入れられないこともあります。一方で、手洗いはほとんどの場合、目にみえません。手洗いは他人にアピールする行為ではなく、自分自身で完結する行動です。
多くの場合視覚優位な生き物である人間は、とかく、目に見えるものから問題にしがちです。しかし私たちの目は顕微鏡ではない。多くの場合洗った手も洗っていない手も私たちには区別がつきません。だからこそ私たちは、手洗いについて考えることにしました。
『新しい手洗いのために』は、手を洗うという行為についての叙事詩です。手を洗うためのハウツーであり、手を洗うことの歴史であり、手を洗うことの物語です。東京・つつじが丘 -
1月30日(土)
標準的な無煙ロースターを設置した焼肉屋では3分ほどで店内の空気がすべて入れ替わるらしい。入店前に両手をアルコール消毒し、検温を行う。顔を映してピッとやるタイプの検温装置はわたしをなかなか認識してくれない。たまに、飛んだり跳ねたり両手をあげないと通してくれない自動ドアがあるが、検温装置はもっと頑固だ。無視されたわたしは近づいたり遠のいたりしてみるが、画面は緑にも赤にもならないので、すこし悲しくなってしまう。そういえば、最近すっかりみかけなくなったペッパー君はどうしてこの役目を担っていないのだろうか。労働ロボットの役割としてはぴったりだと思うのだけど、いまごろはみんなどこかの倉庫でうなだれて眠っているのだろうか。新型コロナのことも何も知らずに。ペッパー君を街のいたるところでみかけた頃は、その姿と疲れを知らぬ表情に労働ロボットのみじめさを感じていささかぞっとしたものだった。でもいま、こうして彼がいればいいのにと思う時には、もうどこにもいないのだ。わたしたちみんなもペッパー君みたいなものだったらどうしよう。焼肉ランチはとてもおいしかった。一日遅れの肉の日だった。
東京・つつじが丘
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